Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
綱をかひくりて敵中へ馳入、自身は手をおろさす、馬の左右前後にて、手の, 者に功名させ、にこ〳〵と笑ひて、馬を乘〓されたる粧ひ、平生の如し、また, 聞ある人にて、秀吉公にも、堀尾は、死することを少しも辭せさるものなり, つ與へられしに、彼輩忠氏の前を退き、輕きものといへとも、もの前の賜を, 得て、明日手に合すは、面目あるへからすとつふやきしか、彼扇子を賜はり, によろひて、冑をは著す、猩々緋の羽織に大紋を付、赭の馬にのりて、紅の手, 右川越の前夜、方々よりさゝけたる扇子箱を取寄、近習の輩に、扇子一本つ, たる輩、一人も殘らす、皆首を取たりといへり、この忠氏の父帶刀は、大勇の, と、常に仰られしか、子息雲州も父の血脈を繼れしにや、命なるかな、老父に, れは、再ひ國務を沙汰し、年積て六十九歳、同き十七年六月十七日に卒す、, 晴は、近曾の疵うれへて、子息に國ゆつり、松江の城に籠り居けり, るとき、二十三歳なれとも、かくれなき美男にて、十七八に見えしか、花やか, 先立て卒す、其子小太郎、わつかに六歳にて父に繼く、祖父吉晴、其孫幼なけ, 堀尾信濃守忠氏、濃州岐阜攻の節、木曾川を渡りて戰はれけ, 忠氏國を受けて、出雲守に任し、同き九年八月四日、廿七歳にて、父に, 〔藩鑑〕, 八十, は、吉晴始, 松江の城, て築き, し所也, 八, 忠氏ノ美, 貌, ケル忠氏, 父子ノ勇, 陣中ニ於, 可晴忠氏, 慶長九年八月四日, 四六二
割注
- 八十
- は、吉晴始
- 松江の城
- て築き
- し所也
- 八
頭注
- 忠氏ノ美
- 貌
- ケル忠氏
- 父子ノ勇
- 陣中ニ於
- 可晴忠氏
柱
- 慶長九年八月四日
ノンブル
- 四六二
注記 (30)
- 1004,670,62,2199綱をかひくりて敵中へ馳入、自身は手をおろさす、馬の左右前後にて、手の
- 888,669,60,2206者に功名させ、にこ〳〵と笑ひて、馬を乘〓されたる粧ひ、平生の如し、また
- 302,672,60,2202聞ある人にて、秀吉公にも、堀尾は、死することを少しも辭せさるものなり
- 652,681,60,2189つ與へられしに、彼輩忠氏の前を退き、輕きものといへとも、もの前の賜を
- 534,671,61,2207得て、明日手に合すは、面目あるへからすとつふやきしか、彼扇子を賜はり
- 1122,678,61,2199によろひて、冑をは著す、猩々緋の羽織に大紋を付、赭の馬にのりて、紅の手
- 769,670,62,2201右川越の前夜、方々よりさゝけたる扇子箱を取寄、近習の輩に、扇子一本つ
- 417,679,61,2193たる輩、一人も殘らす、皆首を取たりといへり、この忠氏の父帶刀は、大勇の
- 182,682,62,2190と、常に仰られしか、子息雲州も父の血脈を繼れしにや、命なるかな、老父に
- 1473,680,61,2142れは、再ひ國務を沙汰し、年積て六十九歳、同き十七年六月十七日に卒す、
- 1821,659,63,1936晴は、近曾の疵うれへて、子息に國ゆつり、松江の城に籠り居けり
- 1241,677,58,2191るとき、二十三歳なれとも、かくれなき美男にて、十七八に見えしか、花やか
- 1588,665,63,2208先立て卒す、其子小太郎、わつかに六歳にて父に繼く、祖父吉晴、其孫幼なけ
- 1357,1100,61,1775堀尾信濃守忠氏、濃州岐阜攻の節、木曾川を渡りて戰はれけ
- 1706,872,62,1998忠氏國を受けて、出雲守に任し、同き九年八月四日、廿七歳にて、父に
- 1341,633,95,187〔藩鑑〕
- 1391,896,41,106八十
- 1806,2617,42,249は、吉晴始
- 1851,2606,41,258松江の城
- 1739,680,42,177て築き
- 1695,675,40,185し所也
- 1350,895,36,34八
- 1271,307,43,170忠氏ノ美
- 1229,306,41,42貌
- 993,309,41,166ケル忠氏
- 405,307,40,172父子ノ勇
- 1036,305,43,170陣中ニ於
- 449,308,42,169可晴忠氏
- 1942,736,44,339慶長九年八月四日
- 1938,2462,41,116四六二

%2F0044_r25.jpg)





