『大日本史料』 6編 25 貞治2年3月~貞治3年7月 p.958

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勘當の惟むらに家を讓りたるを、心よからす思ひて、父の病をとはすしト, 面して前科をゆるし、家業をも讓りたるなと、其おのれか相續すましき身, らす將軍方に參りたるやうに、聞えさせたる也、されは惟武、父をそむきて、, して、後日のためとて、書置たる物なりしかとも、とても惟村兄弟か、日來の, すといふも、宮方とも將軍方とも聞えす、何とか惟澄も、將軍方してありし, にて、父か讓りをえたるよしを、おほめかして書置たる也、また御方にさん, 所行は、うち〳〵のひきか事にはあらて、世にあらはれて、おほひかくさる, へきこともあらす、其上惟澄か自筆のものにもあらされは、いかにいつは, ゐたるやうに書なしたる也、惟むらか、かく心をつくし、ことはをたくみに, をくひて、惟澄か許にうち越えて、宮方に參したる故、生得の嫡子なれは、對, も、かくてやみなんは、父か今はの際まて、心うくおもはん事を恐れて、心な, 病床にもより付かさりしは、宮方に心をかよはしたるにて、うはへは、日頃, むら父か病を聞て、是まて將軍かたして、父子不通してありしかとも、前非, に、惟村はやむをえす、宮方にも參らす、將軍方へも付かすしてありしかと, 方にさんすといふ、そのうへはとて、これすみ合顏をとけたるといひて、惟, ノ意ヲ察, ニ與シタ, シ將軍方, 惟村惟澄, ル状ヲ爲, ス, 南朝正平十九年北朝貞治三年七月十日, 九五八

頭注

  • ノ意ヲ察
  • ニ與シタ
  • シ將軍方
  • 惟村惟澄
  • ル状ヲ爲

  • 南朝正平十九年北朝貞治三年七月十日

ノンブル

  • 九五八

注記 (23)

  • 667,866,70,2210勘當の惟むらに家を讓りたるを、心よからす思ひて、父の病をとはすしト
  • 1503,872,71,2210面して前科をゆるし、家業をも讓りたるなと、其おのれか相續すましき身
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