『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.156

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り、惟新謹て諾しとてまつるのところ、乃ち〓たゝひ其命なし、六月、景勝, 三日、伊集院ろ亂たひらきしよし、家久よりつけたてまつりしと〓、御書, 否を糺さ多、もし景勝不軌を謀るの事實事とをにをいては、りれ會津に, 向國庄内都の城に籠りて、謀反すときことしかは、男家久いとたとがは, にとゝまり、つかへたてまつるへしとて、惟新き國にゆかす、五年四月十, 御征伐として、大坂を御發途あり、惟新山科にい多ゝ、をくりとてまつる、, 惟新齋と號す、こ乃とし、惟新父子伏見にあり、家臣伊集院源次郎忠眞日, りて、國におもむく、東照宮きろ〓たxひ、惟新も國にか屋り、家久をたす, 傳次兄弟三人及ひ〓の母を、はやく國に下すたし、このころ、忠眞ろ母み, をたづはる、これよりはき、東照宮、惟新におほせありらるき、上杉景勝、所, 老て、亂をしぼむへしとおほせあり、しろ〓)とも、父子のうち一人は、伏見, 時に伊奈圖書昭綱、山口勘兵衞直友をも〓て、伊集院源次郎忠眞か弟小, 四月二日、東照宮よりも義弘、家久連名乃御誓書を下さる、乃ち剃髮して, 發向し、彼を討へし、しかるときは、伏見の城は、惟新に預ずらる〓しとな, 領會津にこもり多上洛せす、よりて伊奈圖書昭綱をか乃地に下され、實, 元和五年七月二十一日, 伏見城守, 家康ヨリ, 備ノ内命, ヲ受ク, 惟新齋ト, 號ス, 剃髮シテ, 一五六

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  • 伏見城守
  • 家康ヨリ
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  • ヲ受ク
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  • 號ス
  • 剃髮シテ

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  • 一五六

注記 (24)

  • 519,712,64,2122り、惟新謹て諾しとてまつるのところ、乃ち〓たゝひ其命なし、六月、景勝
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