『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.159

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といをとも、すてにあやうく見〓けこき、河上四郎兵衞忠兄むきかへし, るにより、馬をしつめて押行乃ところ、井伊兵部少輔直政、百騎許をした, ず諫め、某、君にかはりてとゝかはゝ、たやすく圍みを出らるへしとて、嶋, さる屋しと、高聲分いひすて、從士七十三騎を率ゐて、大軍乃中に駈入つ, きろす、豐久怒りて、御家乃存亡このときにあり、よくノ〵思慮をめくら, ろへて跡をしたふ、惟新ろ〓りみて、押付に太刀乃あたるまては、かへし, 合する事なかれと下知し、しつ〳〵とむき退り、直政か軍つゐにしりへ, 津兵庫入道惟新とな乃り、群かる東軍のうちにはせ入、奮戰して命を殞, め、眞丸に備へて、其場を遁き、福嶋正則か陣前をすく、正則あへて支〓さ, に逼る、家臣後醍院喜兵衞宗重、木脇休作祐秀等殿し多、遣せきとゝかふ, 勢の伊吹山の方ににく〓を追故に、道屋ゝむら老とり、惟新殘兵をあつ, ゐに戰死す、惟新もつゝきて馬をすゝめむとせしに、家老長壽院盛淳強, 新こたへて、わきすてに死を決をり、何そ一足もしり〓とかんやといひ〓, こもにて防戰すへし、そのあひたに、一方を駈破り退つる〓しといふ、惟, し、士卒もまたおほく討死す、このとき、御味方乃諸將左右にわろれ、西國, 元和五年七月二十一日, 敗走歸國, 一五九

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  • 298,725,59,2113といをとも、すてにあやうく見〓けこき、河上四郎兵衞忠兄むきかへし
  • 757,728,58,2115るにより、馬をしつめて押行乃ところ、井伊兵部少輔直政、百騎許をした
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  • 643,730,58,2109ろへて跡をしたふ、惟新ろ〓りみて、押付に太刀乃あたるまては、かへし
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