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のち、織田右府につかへ、諱字をあたへられ信利と稱す、其のち、外祖父神, へとも、信利かつてしたかふことなきにより、戰ひやむ事なし、天正十二, 戰すといへとも、敵大勢なるかゆへ、つゐに氏張等かために城を失ひ、流, より、右府謀て氏張をして北國を鎭めしむ、成政、氏張と謀をあはせて信, 浪して三木右兵衞督良頼かもとに寄食す、これよりさき、しは〳〵青鷹, 利をしたかへんとて、しは〳〵守山より軍を發して、地尾に攻來るとい, 保氏張、右府の妹を娶り、また、佐々陸奧守成政とも所縁をむすふ、これに, を勵すへしとの御書を下さる、これにより、信利なを固く城を守りて奮, 利基越中國新川郡地尾の城に住す、天正元年七月二十七日、彼地にをい, を獻せしかは、その懇切御祝著ありとの御書をたまふ、十三年、濱松にめ, 年六月十二日、東照宮より本領相違あるへからす、そのむねを守り忠戰, て死す、法名淨賢、かの地の本法寺に葬る、妻は神保安藝守氏張か女、, 信利母ず氏張か女父に繼て地尾の城に住し、武田信玄と交りをむすふ、, されて東照宮につかへたてまつり、文祿元年二月朔日、下總國香取郡, のうちにをいて、千石の地宛行はるゝのむね御朱印を下され、, 譜ニ、奈土, 村トアリ, 略, ○, 信利ノ履, 保氏張佐, 々成政ト, 謀リ地尾, 外祖父神, 歴, 城ヲ攻ム, 利基, 慶長十五年八月四日, 四四二
割注
- 譜ニ、奈土
- 村トアリ
- 略
- ○
頭注
- 信利ノ履
- 保氏張佐
- 々成政ト
- 謀リ地尾
- 外祖父神
- 歴
- 城ヲ攻ム
- 利基
柱
- 慶長十五年八月四日
ノンブル
- 四四二
注記 (29)
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