『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.583

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今を限りの因果にこそおはしますらめ、過去乃業因は如何成權者の上に, 加護なとかなくては候へき、某も一子を捨ん事不便には候へ共、主君の御, 束を變改するさへ有に、人質を捨る事、偏ニ鬼畜に同、惡さも〓し三人の子, ても、遁れすとこそ見えて候へ、所詮天理に任せ、父命に御隨ひ有は、神明の, て居たりけるか、暫有て申けるは、退て愚案廻し候に、御父の命に違給ふは, なし、又御父の仰に任せられ候時は、若殿の御生害は勿論也、兎にも角にし、, 共を楯の面に引張、山城守、大嶋丹波か顏前にて〓〓して見せんと、口々に, 守は天にも付す、地にも寄す、只中有の衆生とそ見えし、去共再ひ降を乞へ, 不孝の至り、冥の照覽勿體なし、其上三七殿を敵に請給ひ候ては、勝利を得, られん事、千に一つも候へからす、然れは若殿一所に御座候共、遁れ給ふ道, 供にて相果候上は、戰場に於て討死仕たりと存極候と、云も果す〓にそむ, 山城守は忽心替し、居城岩倉に楯籠り、土佐勢遲と待所に、信長公〓逆の變, きにもあら為は、今は一圖に思ひ定てそ居られける、土佐の士是を聞て、約, に依て、三七殿泉州ゟ歸京有、笑岸齋も勝瑞を立て歸り上られけれは、山城, せひける、山城守、此上は力なしと、只其儀に定給ふ、心底の程そ哀なま、斯て, 三好式部, ノ言ニ從, 少輔咲巖, 天正十年九月二十一日, 五八三

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  • 三好式部
  • ノ言ニ從
  • 少輔咲巖

  • 天正十年九月二十一日

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  • 五八三

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  • 1434,632,65,2216今を限りの因果にこそおはしますらめ、過去乃業因は如何成權者の上に
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