『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.264

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陣を破て討死し、其首敵の手に渡ると答へけれは、鳥居〓を流し、成瀬は誠に勇士なり、, 談して和平したり、しかれども成瀬は信長衆の加勢として、新井・本坂へはセ向ふ、鳥居, 不忠はあらじ、明日の合戰に御邊も我も勇をあらそつて高名をくらべ、骸をさらさんと相, は濱松勢と一所に出陣セしが、斥候に遣はさるゝ、所存を申上る所に、臆病と仰けるを、四, 瀬を尋逢ひ、互に首を見セ合て打笑ひ、其首を捨て、又陣中にはセ入、雜兵あまた討捨て、, いゝし詞を違へずして討死したり、我成瀬に先セられて無念さよ、汝生き殘りて此趣を傍, ふ、中にも成瀬藤藏時に三拾八歳、能き首を取て鳥居を尋る所に、鳥居もよき首を提げて成, 成瀬と兼約もなきにならんと、新井・本坂へはセ向ひ、藤藏と一手に成て、さん〴〵に相戰, 鳥居も又よき敵の首えて、味方の輕卒を招て、藤藏はいづくに有るやと尋けるは、既に敵, 輩共に語るべしといゝ捨て、又信玄の籏本へはセ入り、當るを幸ひに切て廻る、武田の近, 是をかこみ、討取らんとしけれ共、鳥居直忠元來強力の猛兵, 郎左衞門腹を立て、家康公を惡口しけるが、所詮今日討死ときわめければ、當所に有ては、, いふ事や有る、押並へて組めやと、士卒をすゝめて下知しければ、從兵三百餘人我討ち取, なれは、手に餘りて討兼たり、直村是を見て鞍上に上りて、唯壹人の敵なるを討たぬと, 臣土屋右衞門尉直村, も云へり、, 亦昌次と, 元龜三年十二月二十二日, 二六四

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  • も云へり、
  • 亦昌次と

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 二六四

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