『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.263

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り、未詳、, 蒙りながら、其恩を報ぜずして、歴々の侍貳人討果し、家康公に御損かけんは、是に過たる, 五郎長盆の妻の兄、父加賀守は信長の爲に戰場におゐて弟監物と一所に討死すといえ, 向ひ、定て明日は信玄と御一戰あるべしとて、織田殿より加勢の兵も來る、かゝる時節は、, に對して不忠といゝ、我が身に取て不覺なり、士貳人犬死して主君に御損かけんより、明日, 不可得の心を尋ね、我と道號を不可と付き、法名は澤彦和尚宗勳と付られ、白き絹の羽織に, 勇士ひとりも大切なる折から、貴殿と我と少しの事遺恨に籠て、私の事に打果さんは、主君, しけるを、傍輩ともおしとめ、大事のまへなり、中直りすべしといゝければ、直忠聞て成瀬, の合戰に貴殿と我と勇を爭ひ、高名をくらべて、共に骸をさらさんと思ふはいかにといゝ, 姓名・道號・法名まで、大文字に澤彦和尚に書かセ、具足の上に着し、討死をきわめて出陳し, 右甚左衞門は、今度加勢として發向の時、尾州政秀寺に一宿し、澤彦和尚に參會して、三世, ければ、藤藏莞〓と打笑ひ、いしくもの給ふ鳥居殿かな、我等もさこそ存るなり、君恩を, たるといえり、鳥居四郎左衞門直忠と成瀬藤藏と、昨廿一日の夜口論して、既に討果さんと, 亦一本に、平手甚左衞門とあり、平手中務太輔政秀か男加賀守か子にして、織田源, 平手汎秀討, 死ヲ覺悟ス, 元龜三年十二月二十二日, 二六三, 元龜三年十二月二十二日

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  • 平手汎秀討
  • 死ヲ覺悟ス

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 二六三
  • 元龜三年十二月二十二日

注記 (19)

  • 1511,727,55,236り、未詳、
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