『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.261

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年九月、武田勝頼、遠江國に出張す、このころ大雨日を連ねて、天龍川あふ, て、城中を馳めくりけれは、人々萬歳を唱へてしつまる、このとき信玄城, らむとす、ときに廣正等二十餘人、馬を水中にのり入、むかへうたむとせ, の淺深をうかゝぬのところに、甲軍板垣か部下の士五騎、進て川をわた, きゝて、城中騷動す、汝か勇猛衆のしれるとこ〓なれは、かの首をもつて, 下ほとちかく襲ひ來るといへとも、城中のしつかなるをみて、猶豫して, 信玄を討取しといはゝ、衆人眞とおもふへしとなり、すなはち大隈の首, を鋒に貫き、敵の大將信玄か首を、高木廣正か討取たりと、大音に呼はり, といへるものと組て、遂にとの首を討とり、その餘三人を討て、すみやか, しかは、五騎の士わたる事あたはすして、中流よりひきかへす、その夜、敵, れ漲り、急にりたることを得す、御〓下の壯士等三十餘輩、すゝむて河水, 一人川をわたりて、味方の陣にしのひ來る、廣正すれはちこれを捕ふ、三, に濱松にはせまいりしかは、東照宮の仰に、いま味方利あらさるよしを, し、廣正か怪力を御感ありて、すれはちかの面〓を廣正にたまふ、天正二, ひき退く、こゝにをいて、東照宮、大隈か著せし面〓のおほいな御を御覽, 慶長十一年七月二十六日, ノ騷動ヲ, 廣正ノ怪, 濱松城中, 鎭ム, 力, 慶長十一年七月二十六日, 二六一

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  • ノ騷動ヲ
  • 廣正ノ怪
  • 濱松城中
  • 鎭ム

  • 慶長十一年七月二十六日

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  • 二六一

注記 (23)

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