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と云々、, 仕ふ、其外三百石・五百石の侍衆數人、舊記に見へたり、壹萬石の御領知ならは、, 地は元來御領地の所なり、長岡青龍寺此所なり、繪圖村付有之、高こして二萬石, 程成へしと云々、又一書、桂川西の地三千石を藤孝君へ御加恩こ被下、此時青龍, と覺たる者多し、左にてはなし、御祖父元有君へ明應六年五月、公方義澄公より, いへとも、洛邊にて廣く、三四萬石に及ふと云傳ふと云々、又一説、五萬石と有、, 寺にての御領地、都合今の壹萬石はかりと云々、又一書、長岡の御領地壹萬石と, 御家老の外、五百石・三百石の御侍數人不可有、是を考こ五萬石の説可なるへし, 廻りに堀今に殘りて水あり、城内ひきて、めくりは土堤を築きて高し、外郭なく、, 古の城はかやうニ狹き所多し、淀に近し、城の南に勝龍寺村有と云々、, 青龍寺御領地之時、古田佐助重能に五百石を賜、重能後に織部正と改、信長公二, 一書こ、今度御加祿、山城國長岡郡桂川・西岡、都合壹萬石と云々、又一書、此, 長看選云、藤孝君元龜四年七月十日、桂川西地御拜領、右青龍寺へ御在城被成し, 諸州めくりと云書こ、青龍寺の城址、南北十八間、東西卅間、境内甚狹し、城の, 天正元年七月十日, 三四萬石ト, 五萬石トモ, 二萬石トモ, モ云フ, 一萬石ノ地, ト云フ, 云フ, 云フ, 長岡ハ祖父, 元有ノ地ナ, 長看選ノ説, 青龍寺城址, 三一一
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- 三四萬石ト
- 五萬石トモ
- 二萬石トモ
- モ云フ
- 一萬石ノ地
- ト云フ
- 云フ
- 長岡ハ祖父
- 元有ノ地ナ
- 長看選ノ説
- 青龍寺城址
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- 三一一
注記 (28)
- 575,841,49,184と云々、
- 791,836,80,2097仕ふ、其外三百石・五百石の侍衆數人、舊記に見へたり、壹萬石の御領知ならは、
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