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し給ふと云々、, 衞等なり、義昭敗北のとき、正勝供奉し、小寺郷まて送、三好左京大夫に相わたす、, 曰、藤孝をなま賢人の言をなす、甚ひかな人を不知事、今其忠操を聞時は、感〓を滴, 招かる、光秀も家人溝尾庄兵衞を使として説かしむ、藤孝君止事を得す、信長公ニ屬, な與力なり、郎徒にわたすものは佐久間權平・おなじく三四郎・吉田久次郎・寺西次兵, となん、信長は藤孝君の旅裝を聞て、討手を向んとあり、明智光秀諫て曰、藤孝は柔, 爰におひて宇治川を渡す、相ついでわたすもの佐久間備前守・梶川彌三郎、これらはみ, 和仁勇こして、當世の名將なり、且禁廷の恩寵特に渥し、彼麾下に屬せは、御家の大, 〔寛永諸家系圖傳〕, 幸ならん、禮を厚ふして招かれ可然と申によつて、信長是を悦て、村井長門守をして, て、公方を慕ひ、藝州へ赴かん事を催され、重ねて熊千代君ニ御不快なり、世人評て, 一、同時味方ニ不屬面々等、信長公之差圖にて、藤孝君御家人を被遣、百餘人搦取候、, 天正元年、義昭槇島に楯籠とき、信長、正勝をして先鋒となさしむ、, 佐久間正勝, 甚九, ○「永源師檀紀年, 録」異事ナシ、, 郎, 六十, 四, 佐久間正勝, 宇治川先陣, 正勝義昭ヲ, 江ニ送ル, 警固シテ若, 天正元年七月十八日, 三三三
割注
- 甚九
- ○「永源師檀紀年
- 録」異事ナシ、
- 郎
- 六十
- 四
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- 佐久間正勝
- 宇治川先陣
- 正勝義昭ヲ
- 江ニ送ル
- 警固シテ若
柱
- 天正元年七月十八日
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- 三三三
注記 (27)
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