『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.83

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り、或時隱使をつかはし、元親叛逆の企宗〓も同意の樣に、ひそかに家中にてかた, には、元親猛威さかんなるをみて、身の危事薄氷をふむこゝちして、諸士のまち, 状をつかはし、或名物の道具を贈り、無二の朋友と家中のものもおもふ樣に見えた, いかにも智謀をめくらし、自滅させんとたくまれけるこそおそろしけれ、一條殿家, らせけれは、此さた世上にて、宗〓元親を引入、叛逆うたかひなしとつふやく、, 事、掌の内におもはれけれとも、父元國孤と成しを、房家公養育し給ひ、剩本領迄, 齟成かたくおもはれけれは、先宗〓を殺さんと謀をめくらし、常にしたしく數通の, 〳〵に、色々雜説多、互に心を置あへり、されとも家老土居宗〓は、勇知兼備した, 條殿聞給ひ、しはしは聞入たまはされとも、讒者側に有て、より〳〵さゝやきしほ, 兼定公出家し給ひ、豐後國大友入道宗麟は、御母方の所縁に依て、大友館へ送り奉, とに、今は疑所なしとそ、則土居をめして、汝に隱謀の企ありとて、刀に手を懸給, 取かへし給りし厚恩、山よりも高、海よりもふかけれは、押て取んは人口も恥し、, るものなれは、家中も頼母敷おもひ、元親も此宗〓かあるうちは、はたへ取懸ん事, る、其故は、土左七郡之内六郡元親討したかへ、幡多郡計也、一國平均に退治せん, 天正元年九月十六日, ノ自滅ヲ謀, 元親一條氏, 二養ハル, 元親ノ父國, 兼定宗珊ヲ, 親一條房家, 問責ス, 示珊ヲ滅サ, ント謀ル, 天正元年九月十六日, 八一

頭注

  • ノ自滅ヲ謀
  • 元親一條氏
  • 二養ハル
  • 元親ノ父國
  • 兼定宗珊ヲ
  • 親一條房家
  • 問責ス
  • 示珊ヲ滅サ
  • ント謀ル

  • 天正元年九月十六日

ノンブル

  • 八一

注記 (26)

  • 636,724,77,2129り、或時隱使をつかはし、元親叛逆の企宗〓も同意の樣に、ひそかに家中にてかた
  • 1269,732,74,2126には、元親猛威さかんなるをみて、身の危事薄氷をふむこゝちして、諸士のまち
  • 758,721,74,2133状をつかはし、或名物の道具を贈り、無二の朋友と家中のものもおもふ樣に見えた
  • 1394,733,74,2126いかにも智謀をめくらし、自滅させんとたくまれけるこそおそろしけれ、一條殿家
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  • 1647,733,77,2128事、掌の内におもはれけれとも、父元國孤と成しを、房家公養育し給ひ、剩本領迄
  • 885,721,77,2132齟成かたくおもはれけれは、先宗〓を殺さんと謀をめくらし、常にしたしく數通の
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