『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.184

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

阿部善定といふものに、此處を給ひしか、次第に町作り借屋とせし由、此善定は、, 大川の中洲なり、, 東は御船作事場并に大川端なり、南は二日市村壹歩藏等と堺ひ、西も二日市村又は, 内田町と境ひ、北は船頭町なり、當町古へは二日市村の内にて、市場なりしか、岡, 此法輪寺は、上道郡國富村へ移る、, 家卿城府創業のとき、橋本勘左衞門といふものに命して、國中の大工を大勢集めて、, 此も西中嶋町と同時に出來、, 此處に居らしむるに依て、町の名とすると、法輪寺の寺記に見へたり、, 宇喜多和泉守常珍、嶋村豐後守に討れ、砥石城落城しけるか、常珍之子宇喜多興家, 喜多の家臣の縁者たるに依て、其家へ行、父子とも養われて隱れしか、又其家の娘, 二日市町南北の町なれとも、數町あり、委しく記しかたし、, 東中嶋町, 山城へ宇喜多直家移りし時より商家ありしか、, は父の仇を討へき志もなく、其子八郎, 天正元年是秋, は父の仇を討へき志もなく、其子八郎〓ヽと共に、福岡之富家阿部善定と云者、宇, 共に、福岡之富家阿部善定と云者、宇, ○中, 略, 略, ○中, 東中嶋町, 二日市町, 八四

割注

  • ○中

頭注

  • 東中嶋町
  • 二日市町

ノンブル

  • 八四

注記 (24)

  • 579,738,59,2088阿部善定といふものに、此處を給ひしか、次第に町作り借屋とせし由、此善定は、
  • 832,740,55,414大川の中洲なり、
  • 1329,736,59,2125東は御船作事場并に大川端なり、南は二日市村壹歩藏等と堺ひ、西も二日市村又は
  • 1206,742,59,2119内田町と境ひ、北は船頭町なり、當町古へは二日市村の内にて、市場なりしか、岡
  • 1577,739,59,886此法輪寺は、上道郡國富村へ移る、
  • 1821,738,58,2146家卿城府創業のとき、橋本勘左衞門といふものに命して、國中の大工を大勢集めて、
  • 705,739,56,698此も西中嶋町と同時に出來、
  • 1702,741,58,1798此處に居らしむるに依て、町の名とすると、法輪寺の寺記に見へたり、
  • 451,741,59,2125宇喜多和泉守常珍、嶋村豐後守に討れ、砥石城落城しけるか、常珍之子宇喜多興家
  • 191,743,66,2123喜多の家臣の縁者たるに依て、其家へ行、父子とも養われて隱れしか、又其家の娘
  • 1452,689,57,1191二日市町南北の町なれとも、數町あり、委しく記しかたし、
  • 956,682,54,220東中嶋町
  • 1081,741,68,1186山城へ宇喜多直家移りし時より商家ありしか、
  • 323,745,57,967は父の仇を討へき志もなく、其子八郎
  • 1935,721,43,256天正元年是秋
  • 319,751,69,2112は父の仇を討へき志もなく、其子八郎〓ヽと共に、福岡之富家阿部善定と云者、宇
  • 325,1876,58,982共に、福岡之富家阿部善定と云者、宇
  • 1608,1658,41,81○中
  • 1562,1660,39,38
  • 1069,1948,44,37
  • 1118,1947,37,82○中
  • 960,336,41,166東中嶋町
  • 1461,336,43,166二日市町
  • 1937,2556,39,106八四

類似アイテム