『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.300

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の堺、新田、足利、此度の遠州入坂と、切所のあやうき所を心懸候に、其分別あた, なしゑ出ゝ、すくも田が原に陳を取給ふ、然る處セ、池田喜平次郎と云者、ばくち打, をへだてゝ、あしかるをして、其寄引取て、かんざうの瀬を越、やしろ山を越て、山, 出してほう火する、其寄天りう河の上の瀬をのり越而、濱松へはたらき、まごめ之河, り候故、勝頼公當年廿八歳のわかき御大將を、むなしくなし申さず候と、馬場美濃, れ共、し合に立る物なければ、取みなしとて、あひてもなければ、やるせもなく打度, まゝに、然は勝頼之すくも田が原に陳取而御入之由を承候へば、忍入而、馬をぬすみ, 守はじめていんけんなり、付、, 一、此御陣御歸に、遠州すわの原に城を一つ御取候、馬場美濃守・典厩兩侍大將の繩, のほうびきし成、然共うき世になきすりきりなれば、ばくちはやるせもなく打度はあ, 取而ばくちを可打とて行ける處に、被見付て四方へおひまはされ、頓而いけどられて、, の暮に、勝頼は遠江ゑ御出馬有而、久野・懸河へあてゝ、國中へ押, 然間、元黑四年, ばり也、如件、, 天正元年十一月四日, 〔三河物語〕〓穗久適文庫所藏, 、三河物語〕, 酉, 川兩城ヲ攻, 天龍川ヲ渡, 中ヨリ馬ヲ, ニ陣ス, 池田喜平次, 攻メ兵ヲ旋, リテ濱松ヲ, 郎勝頼ノ陣, シテ遭田原, 諏訪原築城, 盜マントシ, 勝頼久野縣, テ捕ヘラル, 三〇〇

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  • 川兩城ヲ攻
  • 天龍川ヲ渡
  • 中ヨリ馬ヲ
  • ニ陣ス
  • 池田喜平次
  • 攻メ兵ヲ旋
  • リテ濱松ヲ
  • 郎勝頼ノ陣
  • シテ遭田原
  • 諏訪原築城
  • 盜マントシ
  • 勝頼久野縣
  • テ捕ヘラル

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  • 三〇〇

注記 (32)

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