『大日本史料』 10編 20 天正元年雑載~同2年正月 p.568

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退治候へと申されけるを、譽ぬ人こそなかりけり、去程ニ何つ迄互ににらみ合ひ、月, 艘に郎等少々相乘て、其身は段々威の鎧の、今巳の時と輝くを、兩袖しつかと引付て、, 日を送るへきか、早々退治有へしとて軍勢を打出さる、先陣の大將は圖書頭忠長、侍, も取捨て、後ろや先にと逃失ぬ、於此義久雜哥を讀んて、矢しるしに付て射さセ給, る、御本陣の其勢、漫々として打出らる、肝付勢是を見て、敗軍も理にや、陣具足を, 御陣へ參て中けるは、たとへ伊東參たりと申とも、我等敷根に罷在候へは、大隅の御, 知重興は居城に引籠る、肝付の者共は、皆住家にそ歸りける、然共肝付・伊地知か兩, 家人を相催し馳向ひ、一戰仕打滅し候はん事、案の内に覺へ候、こゝろ強く牛根を御, 隅へ打出んとすると云雜説あり、守護方心遣のみにして、牛根も急度墓行へき樣にも, 大將には上原長門守、其外宗徒の人々究竟の勇士にて、先陣に進まる、後陣の大將に, 見得す、御陣をも先引給ふへきかなと、評定區々なる處ニ、敷根中務丞頼繼、小船二, 家の勢四五千騎か程、往々に馳廻て、色々の智略をなす、其折節伊東加勢として、大, は、左衞門尉歳久、三千騎の勢にて、猪鼻に打上て、如何にも其備堅固にそ見へにけ, ふ、, 申ス, 祐等ヲ防ガ, ンコトヲト, 敷根頼繼義, 天正二年正月十九日, 五六八

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  • 申ス
  • 祐等ヲ防ガ
  • ンコトヲト
  • 敷根頼繼義

  • 天正二年正月十九日

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  • 五六八

注記 (20)

  • 923,661,59,2197退治候へと申されけるを、譽ぬ人こそなかりけり、去程ニ何つ迄互ににらみ合ひ、月
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