『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.368

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らふ、, 檢す、, 左衞門等つとめたゝかひて、數度をひはらふといへども、敵大勢にして入, れば、陣所よりかけ出、度々あひ戰ひ、あるひはうち死し、あなひし傷者おほ, し、隆景、元春見はからひ、手くばりして、よはき所をすくひ、鷹野山へも加勢, かへせめ上り、塀ぎはまでちかづく所に、元春の子元長加勢して、敵を追は, 利を得たり、同日未の刻の末に、敵〓〳〵く引しりぞく、味方これを追うち、, る事をいきどをり、同日の暮、又豐後勢椋梨陣へおしよす、乃美兵部、坂新五, 利を得ずして引しりそく、そのとき敵數百人をうちとお、此戰に利を得ざ, 方り〓て覺悟の事なれば、をの〳〵其うなへを堅固にして、つとめ戰て勝, 豐後地より鷹野山、楢崎、完戸、熊谷等の陣へせめ上る、味方かふて用意しけ, 方三方より是をせむ、五月十八日、豐後勢總陣一手になりて切てかゝる、味, 首級三百餘を得く、元就が許に送る、元就長門の府長忍寺にて、うの頸を實, をつかはす、これによりて諸卒ちからを得、つとめたゝかふゆへに、豐後勢, 七月上旬に、豐後勢出て、備中穗田が陣へおしよする所に、穗田待かけてた, 元龜二年六月十四日, 三六八

  • 元龜二年六月十四日

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  • 三六八

注記 (17)

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