『大日本史料』 10編 21 天正2年2月~同年4月 p.309

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童夕〓龜、小平太、式部大輔、, 四郎三郎、三河守、のちに山城守とあらたむ、, 二年四月六日、同國乾城を攻たまはんと、御出馬あるのところ、連日大雨にして、, 天正二年、大權現、大久保七郎右衞門尉忠世に命して、遠州乾の城をせめしむ、時, に通興仰をうけたまはりて、これが案内者となる、是によりて、そのゝち、大久保, 大正二年、遠州大井合戰のとき、先鋒をのぞみこひ、大久保七郎右衞門に屬し、軍, 忠世が組に屬して、しば〳〵軍功あり、, 惣左衞門、, 杉浦久勝, 〔寛永諸家系圖傳〕, 功をはげまし、疵數箇所を蒙る、, 天方通興, 榊原康政, 〔寛政重修諸家譜〕, 八十, 二, 榊原康政, 天方通興ハ, 杉浦久勝, 天正二年四月六日, 二〇九

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  • 八十

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  • 榊原康政
  • 天方通興ハ
  • 杉浦久勝

  • 天正二年四月六日

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  • 二〇九

注記 (21)

  • 354,690,57,708童夕〓龜、小平太、式部大輔、
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