『大日本史料』 10編 22 天正2年4月~6月 p.246

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

候へし、房州の味方へも調すへしとて、磯村まで早飛脚を遣けり、いさ打立とて、, の敵なれは、畜生たりともゆるすへきにあらす、明日討立て、安房の國へ寄せんと, 害ふ、況や御叔父にて渡らせ給ふをや、鳩に三枝の禮あり、烏に反哺の孝ありとか, 去年七月廿七日の夜、從弟義豐、稻村を襲討、父實堯を奉亡しより已來、一日片時, 四月五日の明方に、房州磯村まて押出す、かゝる所に、房州の味方より磯村まて馳, も憤り休む事なし、早速可打捨事なれ共、彼は道をも不知畜生なり、いつまで生け, や、鳥獸にも劣りて在し御人の、何之因縁にて武門には生れ給ひしや、疾々御出陣, りに勤よと常々仰付られし、何も耳に徹へて候なり、恩を得て恩とせす、却而是を, 來り、上總勢に出逢て申樣、稻村には久留里より押來るを傳へ聞、君の留主をねら, 思ふはいかにと問せ給へは、皆々承はり、一同に申上けるは、此御儀、御尤にこそ, 置とも、終には我手に懸る者なれは、急々にも及はす、今迄引延置たれ共、流石父, 候へ、今迄御延有事、不思議に奉存候也、實堯公御後見被成恩は重く、過はなし、, 御城は申に及はす、兩國の武士共へ、政道嚴敷被仰付、義豐か代に成ても、今の通, ひ、逆寄にせんとて、山路を傳へ押し掛候也、御用意可有候と告申ける、いまた國の, 天正二年六月一日, 二四六

  • 天正二年六月一日

ノンブル

  • 二四六

注記 (16)

  • 601,703,59,1987候へし、房州の味方へも調すへしとて、磯村まで早飛脚を遣けり、いさ打立とて、
  • 1378,708,56,2008の敵なれは、畜生たりともゆるすへきにあらす、明日討立て、安房の國へ寄せんと
  • 823,699,59,2017害ふ、況や御叔父にて渡らせ給ふをや、鳩に三枝の禮あり、烏に反哺の孝ありとか
  • 1709,699,59,2017去年七月廿七日の夜、從弟義豐、稻村を襲討、父實堯を奉亡しより已來、一日片時
  • 489,703,59,2018四月五日の明方に、房州磯村まて押出す、かゝる所に、房州の味方より磯村まて馳
  • 1600,698,57,2021も憤り休む事なし、早速可打捨事なれ共、彼は道をも不知畜生なり、いつまで生け
  • 711,702,58,2020や、鳥獸にも劣りて在し御人の、何之因縁にて武門には生れ給ひしや、疾々御出陣
  • 933,701,58,2017りに勤よと常々仰付られし、何も耳に徹へて候なり、恩を得て恩とせす、却而是を
  • 379,699,59,2018來り、上總勢に出逢て申樣、稻村には久留里より押來るを傳へ聞、君の留主をねら
  • 1264,697,60,2018思ふはいかにと問せ給へは、皆々承はり、一同に申上けるは、此御儀、御尤にこそ
  • 1487,698,59,2018置とも、終には我手に懸る者なれは、急々にも及はす、今迄引延置たれ共、流石父
  • 1155,699,59,1987候へ、今迄御延有事、不思議に奉存候也、實堯公御後見被成恩は重く、過はなし、
  • 1043,699,59,2020御城は申に及はす、兩國の武士共へ、政道嚴敷被仰付、義豐か代に成ても、今の通
  • 269,704,57,2012ひ、逆寄にせんとて、山路を傳へ押し掛候也、御用意可有候と告申ける、いまた國の
  • 1836,774,43,342天正二年六月一日
  • 1833,2431,41,118二四六

類似アイテム