『大日本史料』 10編 23 天正2年6月~7月 p.158

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たすへく候、, へく候、眞推參之申事候、笑敷候、此之由可預御披露候、恐惶謹言、, 之條、何樣鎭へは、貴明・兩鶴田身命之限、一意不棄好之由、重疊平戸へ申遣候、, 從平戸一通、爲披見給候、御心かけ畏入候、從是もくろかミ院主鈴田越前〻くりや, もし此上にても不審候者、妻子成共差渡、平戸へ自是疎儀は有へからす候よし申て, 龍造寺・某純熟之儀はいやかり之樣聞之候、乍去、波多殿・須こ・武雄は一味明白, まて渡海候て、某惟明へ無疎意旨申開候、從道可も被聞召分候よし以神文承候、併, んに候、惟明も道可之儀者被背候はしにて候、貴明さてはいか程も〳〵御つくし有, たれ人2取替申候書札等も若輩難計候、さて〳〵道可も武雄邊へ御才覺は被成候ら, 重々、方々無御油斷肝要候、爰元も當事者無事候、何篇にも我々自分之氣遣い, 〔鶴田文書〕, 候、佐賀へ同心もせんはうにて候、さなく候へは則詰腹切候、腹ヲ仕候てもくるし, 進上宮野へ, 七月十九日勝判, 勝判, 七月十九日, ○肥前, 貴明隆信ト, 結ブモ道可, 貴明ハ惟明, 惟明鎭及ビ, 結ブ, 平井經治ト, 二隔意ナシ, 松浦道可貴, 明ト惟明ト, ヲ和セシメ, 二ハ隔意ナ, ントス, 天正二年七月十日, 一五八

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  • ○肥前

頭注

  • 貴明隆信ト
  • 結ブモ道可
  • 貴明ハ惟明
  • 惟明鎭及ビ
  • 結ブ
  • 平井經治ト
  • 二隔意ナシ
  • 松浦道可貴
  • 明ト惟明ト
  • ヲ和セシメ
  • 二ハ隔意ナ
  • ントス

  • 天正二年七月十日

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  • 一五八

注記 (31)

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