Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
歸りけり、, は、龍公に援をこふ、信生公の御はからひにて、納富能登守か一與をつかわ, 宮野にくはゝり、武雄城を攻る、隣端の侍も公の聞えなれは出馬して寄手にく, はゝる間、惟明沒落し、伊萬里の圓通寺え落行けり、かの寺僧は伯父なれは、, くミ、鶴田因幡守・河原豐前守後詰しけれは、事不成して退きぬ、時に佐賀勢, 明、さては日比のくはたてあらはれぬと思ひけれは、則兵をつかはし、後藤新, し、父貴明をすくはる、七月三日、惟明、宮野に寄けれ共、龍公の御下知をふ, 引具して武雄を出、宮野の城え移られけり、, 九郎を討て武雄の城を守り、龍公に使をたて、加勢をこふ、貴明も無勢なれ, 平戸に人を遣はし、加勢をこふ處に、伊萬里兵部太夫心を貴明に通して、惟明, り雜物どもとり認め、翌日宮野え趣くへしと、貴明下知してとゝめける也、惟, て其夜にとりうつりぬ、信右衞門先立て貴明の供奉り、其子新九郎は武雄に殘, をおひ出すゆへ、早岐へそ落行ける、こゝにて平戸の兵來り、守護して平戸に, ヽ貴明、和ヲ得し事ひとへに龍公の御加勢故也とふかく是を謝し申、公を武雄, 事急成により, 此子を後藤又兵衞基次と云て、初は黒田長政につかへ、高麗まて名を上けけるか、黒, 宮野は隱居所とせんため、, 田家を出て浪人となり、慶元の大坂兵亂に秀頼公につかへ、五月六日の鑓に討死しけ, かねて修理しけるか, 也, 後藤基次ハ, 惟明ノ子ト, ノ説, 天正二年七月十日, 一八七
割注
- 此子を後藤又兵衞基次と云て、初は黒田長政につかへ、高麗まて名を上けけるか、黒
- 宮野は隱居所とせんため、
- 田家を出て浪人となり、慶元の大坂兵亂に秀頼公につかへ、五月六日の鑓に討死しけ
- かねて修理しけるか
- 也
頭注
- 後藤基次ハ
- 惟明ノ子ト
- ノ説
柱
- 天正二年七月十日
ノンブル
- 一八七
注記 (25)
- 505,830,55,246歸りけり、
- 1267,837,64,1935は、龍公に援をこふ、信生公の御はからひにて、納富能登守か一與をつかわ
- 936,834,63,1940宮野にくはゝり、武雄城を攻る、隣端の侍も公の聞えなれは出馬して寄手にく
- 826,843,61,1902はゝる間、惟明沒落し、伊萬里の圓通寺え落行けり、かの寺僧は伯父なれは、
- 1045,834,64,1945くミ、鶴田因幡守・河原豐前守後詰しけれは、事不成して退きぬ、時に佐賀勢
- 1483,841,65,1940明、さては日比のくはたてあらはれぬと思ひけれは、則兵をつかはし、後藤新
- 1153,837,67,1936し、父貴明をすくはる、七月三日、惟明、宮野に寄けれ共、龍公の御下知をふ
- 1821,837,57,1062引具して武雄を出、宮野の城え移られけり、
- 1375,839,62,1933九郎を討て武雄の城を守り、龍公に使をたて、加勢をこふ、貴明も無勢なれ
- 714,838,64,1940平戸に人を遣はし、加勢をこふ處に、伊萬里兵部太夫心を貴明に通して、惟明
- 1594,843,62,1940り雜物どもとり認め、翌日宮野え趣くへしと、貴明下知してとゝめける也、惟
- 1704,843,63,1935て其夜にとりうつりぬ、信右衞門先立て貴明の供奉り、其子新九郎は武雄に殘
- 603,829,62,1941をおひ出すゆへ、早岐へそ落行ける、こゝにて平戸の兵來り、守護して平戸に
- 383,883,64,1893ヽ貴明、和ヲ得し事ひとへに龍公の御加勢故也とふかく是を謝し申、公を武雄
- 1818,2450,52,326事急成により
- 523,1093,48,1694此子を後藤又兵衞基次と云て、初は黒田長政につかへ、高麗まて名を上けけるか、黒
- 1842,1926,44,499宮野は隱居所とせんため、
- 477,1099,49,1677田家を出て浪人となり、慶元の大坂兵亂に秀頼公につかへ、五月六日の鑓に討死しけ
- 1801,1930,40,389かねて修理しけるか
- 382,837,38,46也
- 555,358,38,208後藤基次ハ
- 511,353,38,213惟明ノ子ト
- 466,359,41,76ノ説
- 277,795,40,347天正二年七月十日
- 269,2454,40,112一八七







