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三郎右衞門尉、生國遠江、法名淨珍、, に、繋定河井を討捕、このゆへに親族ならひに諸士、たかひ死するものおほし、敵兵, 傳馬に乘して濱松におもむくときに、今度かうふるところの疵よろしく療治をくはふ, をいて、夜にいりて繁定を襲、こゝにをひて繁定か親族等刀をましへ相たゝかふとき, ト、便宜左二合敍ス、, 天正二年十二月二十七日、信玄か士河井助九郎・向坂甚大夫案内者となり、二俣の城, もまた命をおとすものあまたなり、大權現此事をきこしめし繋定をめさる、すなはち, 〔譜牒餘録後編〕, 極月廿七日、勝頼方之手引仕候川井助九郎・向坂甚大夫と申者案内者ニ而、二俣城ゟ, 一、先祖數代遠州豐田郡加茂村ニ居住仕、駿州今川之旗下こ而罷在候、, へきとの嚴命をうけたまはる、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 曾祖父平野三郎右衞門繁定御奉公申上候覺, 平野繋定, 年, 天正二, 二十五御勘定方, 平野三郎右衞門, ○中, 略, 九, 百十, 繋定武田方, ノ河井助九, 七日二襲撃, 郎ヲ討取リ, 自ラモ疵ヲ, 被ル, 十二月二十, サル, 天正一、, 天正二年閏十一月十一日, 二〇九
割注
- 二十五御勘定方
- 平野三郎右衞門
- ○中
- 略
- 九
- 百十
頭注
- 繋定武田方
- ノ河井助九
- 七日二襲撃
- 郎ヲ討取リ
- 自ラモ疵ヲ
- 被ル
- 十二月二十
- サル
- 天正一、
柱
- 天正二年閏十一月十一日
ノンブル
- 二〇九
注記 (33)
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