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してかへりぬ、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 張のとき、信俊濱名の城に居す、信玄ひきしりそくの時、濱名の城の邊をすくゆへに、人」, 〔寛永諸家系圖傳〓, 一、なにやらんのうたひに、しかもことしは我等おやの十三ねんにあたり候とて、とかを, れをせむへきこゝろさしありといへとも、信俊この城に楯籠と聞て、これを襲事あたわす, 權現池田渡の東賀茂村にをひて地をえらひ、軍營をかまへ、繋定に命して足輕二十人を屬, せられ、その地をまもらしめたまふ、これ懸川・高天神の通路のためなり、且又、信玄二, 右京殿へまいる, 御ゆるし候とも、さなく候はゝ、右に申ことくになされ候へく候、已上、, 元龜三年、武田信玄遠州を襲とき、大, 元龜三年、武田信玄遠州三方原に出, たすけ申候、ことしは月江の三十三年、しかも此月けふにあたり候間、おやこのものは, 平野繁定, 本多信俊, 〓寛永諸家系圖傳〕十八石川家成甲向同年十二月、三方原合戰の時は、家成懸川, 眞休御居判, 元龜三年十二月二十二日, にありて手にあはす, 六月廿四日眞休御居判, 六月廿四日, 百助、後に庄左, 衞門とあらたむ、, 八十, 百十, 尉、法名淨珍, 三郎右衞門, 九, 九, 平野繁定, 守ル, 江懸川城ヲ, 江濱名城ヲ, 石川家成遠, 本多信俊遠, 遠江賀茂村, 法名, ノ壘ヲ守ル, 守ル, 「〇四
割注
- 百助、後に庄左
- 衞門とあらたむ、
- 八十
- 百十
- 尉、法名淨珍
- 三郎右衞門
- 九
頭注
- 平野繁定
- 守ル
- 江懸川城ヲ
- 江濱名城ヲ
- 石川家成遠
- 本多信俊遠
- 遠江賀茂村
- 法名
- ノ壘ヲ守ル
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- 「〇四
注記 (40)
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