『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.746

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

肖たりとも、御見捨あるへき筋目のものにあらさるのところ、覺悟なき, ゆへ數度喧嘩口論等に及ひ、をのれと當家を立さりて、流浪せし後は、さ, いはく、これさきに、濱松城にして人を殺し立退しものなり、其罪おもし, のむね言上せしかは、このときおほせにいはく、汝等かことは、たとへ不, ありやと尋させたまふにより、弟木工左衞門吉次、加藤清正に仕へある, といへとも、すてにとしひさしく過ぬ、且そのかみ、父吉信か忠死をおほ, しめしいたされ、ふたゝひ召れて御〓下に列す、其後信次をめされ、兄弟, たすかりしかとも、終に隻眼をうしなひし事を、具に言上せしかは、仰に, のおほせをかうふる、其後、西城裏御門番の頭となり、鐵炮玉藥の奉行を, ものありやと尋させたまふのとき、正信答たてまつりて、信次、かつて鐵, 吉次をめされて、台徳院殿に附屬せらる, 炮の捻ぬけて眼に入、すてに死にもいたるへきを、良醫のために命をは, ためていやしきものをつとめたるへしと、信次を御しかりあり、やかて, よひ弟吉次を御前にめされ、父吉信が三方原の忠節をかたらせ給ひ、懇, 兼、常陸國新治眞壁兩郡のうちにをいて、五百三十石餘の釆地を賜ひ、寛, 元和二年四月五日、信次、を, 慶長十年是歳, ○中, 略, 赦免ノ因, 父吉信ノ, 忠死, モ召サル, 弟吉次ヲ, 由, 慶長十年是歳, 七四六

割注

  • ○中

頭注

  • 赦免ノ因
  • 父吉信ノ
  • 忠死
  • モ召サル
  • 弟吉次ヲ

  • 慶長十年是歳

ノンブル

  • 七四六

注記 (27)

  • 888,720,65,2144肖たりとも、御見捨あるへき筋目のものにあらさるのところ、覺悟なき
  • 770,723,66,2137ゆへ數度喧嘩口論等に及ひ、をのれと當家を立さりて、流浪せし後は、さ
  • 1479,729,57,2129いはく、これさきに、濱松城にして人を殺し立退しものなり、其罪おもし
  • 1005,725,64,2131のむね言上せしかは、このときおほせにいはく、汝等かことは、たとへ不
  • 1124,722,62,2135ありやと尋させたまふにより、弟木工左衞門吉次、加藤清正に仕へある
  • 1359,720,60,2135といへとも、すてにとしひさしく過ぬ、且そのかみ、父吉信か忠死をおほ
  • 1243,723,60,2138しめしいたされ、ふたゝひ召れて御〓下に列す、其後信次をめされ、兄弟
  • 1593,721,60,2131たすかりしかとも、終に隻眼をうしなひし事を、具に言上せしかは、仰に
  • 301,729,67,2135のおほせをかうふる、其後、西城裏御門番の頭となり、鐵炮玉藥の奉行を
  • 1827,724,58,2129ものありやと尋させたまふのとき、正信答たてまつりて、信次、かつて鐵
  • 536,719,59,1215吉次をめされて、台徳院殿に附屬せらる
  • 1706,717,62,2126炮の捻ぬけて眼に入、すてに死にもいたるへきを、良醫のために命をは
  • 656,728,61,2131ためていやしきものをつとめたるへしと、信次を御しかりあり、やかて
  • 417,726,69,2138よひ弟吉次を御前にめされ、父吉信が三方原の忠節をかたらせ給ひ、懇
  • 183,722,70,2142兼、常陸國新治眞壁兩郡のうちにをいて、五百三十石餘の釆地を賜ひ、寛
  • 544,2089,57,773元和二年四月五日、信次、を
  • 1942,711,44,258慶長十年是歳
  • 570,1954,39,108○中
  • 527,1954,40,37
  • 1359,281,41,172赦免ノ因
  • 1269,281,42,163父吉信ノ
  • 1227,280,40,83忠死
  • 520,286,40,156モ召サル
  • 562,283,44,166弟吉次ヲ
  • 1319,282,35,41
  • 1942,711,44,257慶長十年是歳
  • 1944,2441,45,120七四六

類似アイテム