『大日本史料』 10編 28 天正3年正月~3月 p.306

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り、其を〓來山とかふす、さて北の方町の方之五重の塔あり、亦本社より南西の間ク, より右の脇に大なる鐘あり、亦左の方ニ大煕堂有、海の方にかりとの〓有、亦大願〓, へは、路次にて中村兵庫といへる者、此順〓はよしある者とて、〓に留られ候あひた、, 海邊をみれは、此嶋には死たる者をおかさる事、明神の御いましめなれは、無からを, 嶋明神之てまします、本地比沙門、亦輪藏あり、それより上に法納所とて有、其より, にてたみあけ候、會廊百八間也、本宮は戊亥向也、本宮より北の方に宮あり、是も嚴, 海向のことく舟十三艘にて送、念佛のこしゑ〳〵哀に聞ゆ、扨法納所の下を宮崎といへ, 一、廿四日、嚴嶋へ參、宮一見候へは、鳥居の高サ十三ひろ、廣九ひろ、柱六本也、さて, 其日は逗留、夜入て源介・小三郎なといへるもの來り、酒宴にてふかし候、さて此嶋, 亦輪〓藏有、亦南の方に十一垣堂有、西に二重の塔有、其邊の堂宮數をしらす、亦本宮, 本社辨在天にてまします、森殿四五ケ年以前之御宮作なされ候、, あたりの寺寸一見し、たきしやうし・柳しやうしなとゝいへる小路有、さて宿を打立候, の西の方之みせんとて不田心儀の靈地有、求門〓堂なとありといへり、, 宮間也、悉くさひしき候て、金物皆ほりあけ、透かうし祿青, 社神殿ヲ造替シ、同輝元, 年十二月二十七日ノ條一見ユ, ○毛利元就、安藝伊都岐島, 翹宮ノ儀ヲ行フコト、元虚二1, 〓禮中村兵, 庫ノ宿二〓, 留ス, 嚴j〓社〓, 詰ス, 天正三年二月二十日, 三○六

割注

  • 社神殿ヲ造替シ、同輝元
  • 年十二月二十七日ノ條一見ユ
  • ○毛利元就、安藝伊都岐島
  • 翹宮ノ儀ヲ行フコト、元虚二1

頭注

  • 〓禮中村兵
  • 庫ノ宿二〓
  • 留ス
  • 嚴j〓社〓
  • 詰ス

  • 天正三年二月二十日

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  • 三○六

注記 (25)

  • 536,372,30,1108り、其を〓來山とかふす、さて北の方町の方之五重の塔あり、亦本社より南西の間ク
  • 410,372,30,1114より右の脇に大なる鐘あり、亦左の方ニ大煕堂有、海の方にかりとの〓有、亦大願〓
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