『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.168

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樂の城は仁木友梅相守り、山田一郡は織田上野介信兼の領内たりとい, 賜ふ、供奉乃中服部半藏正成は、元來伊賀の産なる故、忠勝か旨を請て、半, を授らる、然して又伊賀境音聞峠より山岡兄弟を歸さる、近江矢嶋の浪, るへし、蓋當國四郡は信雄の領内にて、柘植の城主瀧川三郎兵衞勝雅、平, の鑓穗六尺、中心六尺、柄樫長貳間、太サ壹尺に及ふ、是を以て其強勢を知, し、忠信を顯はす故に、子孫に至る迄、永く御疎略有ましたとの御誓紙を, 對する伊賀の國士を悉く撫切に、壹人も殘すましきと墨を以て掟とし、, へとも、去ル天正九己巳年九月、伊賀國を信雄退治せらるゝ時、信長に敵, 是を所持す、, 人和田八郎定教、弟傳右衞門惟長は先亡伊賀守惟政か子也、此役に馳參, 適逃隱るゝ者を尋ふ探し〓殺害せらるゝ故、其國士粗參河遠江に走り、神, 藏伊賀路の郷導として、御先に進め、半藏は鬼半藏と呼し事尤也、其所持, 野より高見峠に至らせ給ふ、此所にて吉川主馬助に御暇を賜り、御薙刀, 一同六日、多羅尾佐兵衞、宮田五兵衞、山口玄蕃供奉して、多羅尾を御立、波多, 君の扶助を得たる者多かりしかは、其從類柘植三之丞清廣、其子市助宗, 和田定教, 柘植清廣, 天正十年六月四日, 一六八

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  • 611,687,60,2114樂の城は仁木友梅相守り、山田一郡は織田上野介信兼の領内たりとい
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