『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.272

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

て相爭ひ、五郎左衞門の兵不利に陷り、急遽城内に逃げ入り、此の如くして, 外術なき状を裝ひ、五郎左衞門は、若干の兵を率ゐて之を見送り、途中僞り, 他の人々も共に城内に侵入する餘地を與へたり、右の如く相計りて、七兵, の父の領地を收めんと欲し之を〓したり、因て彼も明智の謀叛に與する, 太子の訃を聞きて、急に引き還し、復讐をなすことゝなしぬ、されど此間に, 〓されたり、此の如くして、三七は城の主となりて、河内の諸侯の信頼を受, 常に塔の最高所に在りて之を捕ふること能はざりしを以て、五郎左衞門, ものと思はれたり、此大將の外に、五郎左衞門と云ひ、三七と親密なる人此, 軍勢の大部は、彼を離れ去りたれば、河内の國の主要なる一城大坂に入ら, と計り、策略を用ひて、城を奪取せんとせり、即ち今は三七再び船に乘るの, 衞殿の部下を刀にかけ、塔内に在りし者は、或は自刄し、或は味方の武士に, 城にありき、三七殘存の兵士を率ゐて、此所に到りしに、從兄弟七兵衞殿は, んと决せり、此城は七兵衞殿と云ふ其從兄弟の守りし所にして、信長は彼, 彼の外此城に入ることを許さゞりき、此の如くして城内に入りしが、敵は, け、主君と崇められたり、彼は從兄弟の首を堺に送りて梟せしめしが、殘酷, 在城ス, ト謀リテ, 信澄ヲ殺, 信澄長秀, ト大坂ニ, 下〓散ス, 信孝長秀, 信澄ハ殘, 酷ナル暴, 信孝ノ部, 君, 天正十年六月五日, 二七二

頭注

  • 在城ス
  • ト謀リテ
  • 信澄ヲ殺
  • 信澄長秀
  • ト大坂ニ
  • 下〓散ス
  • 信孝長秀
  • 信澄ハ殘
  • 酷ナル暴
  • 信孝ノ部

  • 天正十年六月五日

ノンブル

  • 二七二

注記 (28)

  • 607,634,63,2190て相爭ひ、五郎左衞門の兵不利に陷り、急遽城内に逃げ入り、此の如くして
  • 718,630,67,2197外術なき状を裝ひ、五郎左衞門は、若干の兵を率ゐて之を見送り、途中僞り
  • 492,634,62,2193他の人々も共に城内に侵入する餘地を與へたり、右の如く相計りて、七兵
  • 1416,629,66,2186の父の領地を收めんと欲し之を〓したり、因て彼も明智の謀叛に與する
  • 1771,621,69,2192太子の訃を聞きて、急に引き還し、復讐をなすことゝなしぬ、されど此間に
  • 261,634,62,2196〓されたり、此の如くして、三七は城の主となりて、河内の諸侯の信頼を受
  • 945,632,69,2196常に塔の最高所に在りて之を捕ふること能はざりしを以て、五郎左衞門
  • 1302,629,63,2195ものと思はれたり、此大將の外に、五郎左衞門と云ひ、三七と親密なる人此
  • 1650,622,70,2195軍勢の大部は、彼を離れ去りたれば、河内の國の主要なる一城大坂に入ら
  • 834,633,64,2193と計り、策略を用ひて、城を奪取せんとせり、即ち今は三七再び船に乘るの
  • 375,629,63,2199衞殿の部下を刀にかけ、塔内に在りし者は、或は自刄し、或は味方の武士に
  • 1184,627,65,2194城にありき、三七殘存の兵士を率ゐて、此所に到りしに、從兄弟七兵衞殿は
  • 1537,626,66,2197んと决せり、此城は七兵衞殿と云ふ其從兄弟の守りし所にして、信長は彼
  • 1062,627,66,2193彼の外此城に入ることを許さゞりき、此の如くして城内に入りしが、敵は
  • 147,636,62,2194け、主君と崇められたり、彼は從兄弟の首を堺に送りて梟せしめしが、殘酷
  • 1109,274,45,116在城ス
  • 810,280,35,157ト謀リテ
  • 762,277,43,167信澄ヲ殺
  • 1197,273,45,168信澄長秀
  • 1156,279,42,153ト大坂ニ
  • 1620,273,42,159下〓散ス
  • 849,277,43,166信孝長秀
  • 198,280,45,169信澄ハ殘
  • 156,278,41,170酷ナル暴
  • 1666,270,39,166信孝ノ部
  • 113,281,38,40
  • 1884,697,45,343天正十年六月五日
  • 1901,2410,42,114二七二

類似アイテム