『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.662

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乃目ぼけきゝ、城へ歸り、信玄方の樣子如此といひけれは、城内にて上下, 形うたるへきと、手に取やうに城内のさたなり、さて信玄公乃先衆十二, と云もあり、又とをしそあとよりしたはんと申もあり、北條新三郎下知, ぼゐそは、信玄は大宮へ歸り、甲州〓參られん、信玄の先衆は薩〓にをひ, 競て申樣は、明日はますかを信玄通り給はゝ、いてゝ通さぬやうにせん, 間を取候はゝ如何なりと、信玄公御中間頭衆高聲に劣るゝを、城内より, すしそとをり候へ、こゝにをひて人衆を損さし、駿河乃城をせむるに、手, いたさるゝは、信玄乃先衆と旗本の間を取きらんと申さるゝ、城内の各, 申は、此儀にて信玄迷惑せらるゝ事、たゝ大形にくあるまし、いさあるに, 郎兩侍大將城を拂出て、信玄の先衆と旗本乃間を取きる、小山田備中と, 月五日乃夜中に打立、六日の乃朝は由井、くら澤迄とをる、暫間有て、小山田, くせりあひあるならは、爰にて大將にわかれ、ちからなうしくまけて大, 北條新三郎衆とせりあひ有、其時四郎勝頼公さいはいをとつて、道場山, より乘給ふ、其外旗本うしろ備脇備をもつそ城をのつとる、是を見て、北, 備中はかり殘り、旗本乃少さたをいたす、案の〓く北條新三郎、狩野新八, 永祿十二年十二月六日, 玄ノ先鋒, 新三郎信, 戰, ヲ遮斷セ, ト旗本ト, 兩軍ノ合, ノ武功, 武田勝頼, ントス, 六六二

頭注

  • 玄ノ先鋒
  • 新三郎信
  • ヲ遮斷セ
  • ト旗本ト
  • 兩軍ノ合
  • ノ武功
  • 武田勝頼
  • ントス

ノンブル

  • 六六二

注記 (26)

  • 1616,720,68,2119乃目ぼけきゝ、城へ歸り、信玄方の樣子如此といひけれは、城内にて上下
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