『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.289

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の追々の早飛脚、到來候と承候事、, 歸城のよし承候、早々御馬を被急候へよ、拙者式も、御弔合戰一ツ心指候, 可有候と推量仕まへ疑はて不申候ゆへ、大坂不罷出事右の故ニ候、跡よ, 一大坂には、三七殿、惟澄丹羽五郎左衞門殿、織田七兵衞殿、此三人其外小大, 名衆四五人御座候、惟澄五郎左衞門殿所より承り候へ者、近日姫路へ御, へとも、如御存、七兵衞とのは、日向守聟の事に候間、定て内證は一味同心, 御風呂へ御入被成候とて、堀久太郎への御時宜には、先御入候へと可申, 候へとも、母にて候ものゝ所より、早々對面申度との使度々に及ひ候間、, 脚と相聞え申候事、, 其上御先手は高山右近、中川瀬兵衞、其外鹽川黨に御まかせ可被成候と, 先風呂へ入申候、貴樣は信勝と一ツに、緩々と可有御入候とて、先へ御入, り樣子ニおゐては、追々可令注進候と、五郎左衞門殿より、道中への早飛, 一風呂御入被成候て、あかり屋に御腰を被掛、御伽に入申小性衆に仰出の, 〔川角太閤記〕〓ノ一御家城姫路へは、八日の四ツの頃に御歸城候、直ニ, 被成候、, 惟住長秀, 姫路歸城, 八日説, 天正十年六月六日, 二八九

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  • 惟住長秀
  • 姫路歸城
  • 八日説

  • 天正十年六月六日

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  • 二八九

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