『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.722

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子切通しと申候よしに候、この坂の中程上り候へは、左之方に居申候石屋, ひらき申候に付て、五郎左衞門切通に付世人申候よし、年月經て、今は伊皿, は、辻切等有て、往來のもの迷惑しけり、依之寺社御奉行衆へ御願、唯今のと, 次郎兵衞といふもの、延寶三己卯年九十一歳のよし、右之通物かたり申候, ほりきりひらき、其後虚事無之候、和尚長重へ、人足は寺より出し申候、出家, 此坂兩方篠から藪にて、漸人ひとり通候ほとの細道にて、暮より夜明まて, りやすき御事とて、大谷左馬之介、坂井大學、長谷川瀬兵衞三人奉行にて、切, の奉行にては難成候あいた、御家頼一兩人奉行にたのみ度のよし、なによ, 者、幽居のうち萬端御懇慮之程、不淺忝存候よし口上に而、黄金廿枚、二種千, 疋進上也、二種は、昆布一箱、岩たけ一箱なり、, 門切通といふ、是は長重泉岳寺中に幽居のうち、其時之宗關和尚被申候は, 古渡へ入〓之御禮相濟申候而、泉岳寺宗關和尚江、丹羽五郎右衞門方爲使, 〔附録〕, このときは門庵宗關和尚なり, 〔芝泉岳寺古記丹羽家傳〕泉岳寺より伊皿子へあかる坂ハ、往古五郎左衞, 伊皿子切, 通ノ由來, 泉岳寺宗, 關, 慶長八年十一月是月, 七二二

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  • 伊皿子切
  • 通ノ由來
  • 泉岳寺宗

  • 慶長八年十一月是月

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  • 七二二

注記 (21)

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