『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.792

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吟す、五岳の吟聲各異なり、詩事畢て、大饗あり、亂舞酒宴夜に入とぞ、, 定て後、その題を上座の壁におす、〓引合の紙を、廣き短册に切て、三枚かさ, の會あり、龍山、賞雪と云題にて詩を作る、其のち絶てなし、會の式は、五岳の, つを書て、一座をたかひに廻し、然るへきを其日の題に定るを、題評と云、題, 手て、面々の前におき、硯、筆架、水滴抔盡して、面々に供す、詩成て、草稿を一座, るものなり、, 一枝花亦是孤芳、, の衆廻し見て後、淨書して、座右の文臺にのす、其後、五岳より一人ツヽ出て, 〔老人雜話〕坤近衞の龍山は、, 長老及西堂入會し、早朝粥を供す、さて題評と云ことあり、出座の人、各、題一, よりあれば、此説誤れり、龍山公、ある時、徳善院を叱り玉ひけるを、恨みて, 良志波氏介利、詠梅詩云、窓前東嶺到青陽、山下鐘聲送景光、我視世間巣許輩, おりします、今用る肩絹半袴は龍山の初製也、素袍の袖を取、其れに襞を加, 屋代弘賢云、龍山公に先だちて、肩衣袴といふもの、京都將軍家のはしめ, の父也、衰微の時、薩摩に, 〔老人雜話〕乾五山の大詩會を短册切と稱す、南禪寺傳長老の時、短册切, 三藐院殿, (〓外), 信尹, 嵯峨, 公也, 院也, 東求, 記, 短册切ノ, 肩衣半袴, 會, 慶長十七年五月八日, 七九二

割注

  • 信尹
  • 嵯峨
  • 公也
  • 院也
  • 東求

頭注

  • 短册切ノ
  • 肩衣半袴

  • 慶長十七年五月八日

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  • 七九二

注記 (29)

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