『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.413

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以下馬のはみまて、丈夫に御さはた候と聞え申候事、, 打の覺悟也、信勝、久太郎殿はわかく御座候間、精進を御たち被成ましく, 髮先御切候へと、御教訓ありしかは、信勝御同前の躰と相定候事、, 僧をよひ出せよとて、御行水を被成、御くしをお海され候、信勝はさまを, 一右之御くしをかみに御包ませ、三人の御かみを佛前に御おさめ被成、其, 候とて、其次に臺所衆え、魚鳥可成程料理仕、我前へ出をよ、はらは亭主の, おち申候樣に覺候、精進をたち可申候、御奉公には、力付鑓をもとわ、太刀, 中間も程近く罷成候上は、可及合戰まて也、年寄故此中は、腹中も相違力, 一尼崎に御著にて、禪寺はなきかと御尋之處に、小庵一ツ尋ね出し、御腰を, 被替候事、わかく候間、無用に候、みしかくちやせんに髮さたを被切候へ, の通、備中高松へ注進之時より、精進けつさいあきらかに仕候、はや敵相, 中の人數押合五六千に相見え申候、面々の知行所御通候時、御馳走兵粮, と御意候得は、久太郎殿も、さまを可替と被申候處に、たゝ信勝と同前に, 被掛、暫御やすらひ有之、御諚には、信勝、久太郎殿は被聞候へ、上樣御切腹, 一中川瀬兵衞殿、高山右近殿、はて其外鹽川黨二三人御馳走に被參候、此衆, 秀吉〓ヲ, 秀勝堀秀, 政髮先ヲ, 切ル, 切ル, 天正十年六月十二日, 四一三

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  • 秀吉〓ヲ
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  • 天正十年六月十二日

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  • 四一三

注記 (22)

  • 1681,690,57,1571以下馬のはみまて、丈夫に御さはた候と聞え申候事、
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