『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.155

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りしかは、鐵炮討掛よとの御下知なり、少介方も思ひ切りたる武者とも, なれは、如案一段切崩、二段めも殘りすくなに討被成、はや御旗本もあや, て、少介をかんし被成候事不斜也、, 先へ押立被成、御人數二段先え立被成、三段めはぬく〓なり、扨矢頃にな, 被出候は〓と、あの御幣へかるはつみに押懸候は、備へたる人數也、此ほ, そ道にてし、人數の多少にる不可寄、被追返程ならは、大軍乃敗北のくと, 先此城持はやとは被思けれと、役所にはむ〓き人數なし、今えこうよと, 一勝家は少介討死之間に落延させ給ひ、道をは無難打てとをられ、家城越, 前北之庄え入給、人數悉ちりさりけれは、城は大き〓り、役所をくはり、一, ふく見え申候處に、者とも二段めにて少介方を無殘討果す、扨頸を御覽, として、足を立直さぬ物あと思召、鐵炮を御あつめ被成候へと、十挺とそ, 〓い壹お鐵炮なけれは、しはし御待候處に、漸三十挺にたらのる鐵炮也、, すれは、勝家頸えなし、少介頸御覽して、扨は是し少介はかり事と御意に, 御馬を只一騎眞先にはやめられ、さいを御とり、皆々是にぬみ留よ、仰か, 一御幣の留るを秀吉くたりさまに御覽し被及、勝家討死と見えたりとて、, 天正十一年四月二十一日, ノ馬印ヲ, 勝介ノ奮, 秀吉勝家, 勝家北庄, 城ニ歸ル, 見テ軍ヲ, 鬪, 戒ム, 一五五

頭注

  • ノ馬印ヲ
  • 勝介ノ奮
  • 秀吉勝家
  • 勝家北庄
  • 城ニ歸ル
  • 見テ軍ヲ
  • 戒ム

ノンブル

  • 一五五

注記 (25)

  • 1103,693,73,2128りしかは、鐵炮討掛よとの御下知なり、少介方も思ひ切りたる武者とも
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