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松を立よと仰て、やかて御厨より人參りて、門松を立ける、又或時興國公、罪, り、よの常の殉死よりは、殊に珍敷死を遂たりと、其頃評しあへり, 候へは、いつも松かさりもいたさすと答へ奉りしか、興國公、何宗にもあれ, 日ゟ後、四十九日に當る日より食を絶て、同八月廿日に餓死す、三十五歳な, 門松なし、何とて門松をは立さると御尋あり、内記承り、某宗旨一向宗にて, 番、芳賀兩人に對し、一應は留りぬ、もとより思ひ極めし事なれは、六月十三, 存なりけれは、まけて其元こも死を止り候へと、理を盡しとゝめける、内記, 或年十二月晦日、興國公櫓にのほり給ひ、内記か宅を御覽有に, 投すといふ, にて火中に, 興國公煩, 給ふうち、, させ給ひて内記に給ふ、然るに内記も殉死を遂けれは、兄忠左衞門か遺腹, 内記に仰けるは、其方か勤仕のふるまひ、感するに餘りありやまい平らき, なは、番大膳、芳賀内藏允同樣申付へしとて、田中喜入をめして、其事を筆記, 返しあたへられす、甚右衞門も望申心もなく、此一書を子孫に傳へなは、何, 其後虎之介成長し、祖父の名甚右衞門と變名し仕へけるか、終に五百石は, 預り申〓しとて、一書したゝめ、判すへて渡されしかは、其旨にまかせにる, となく上をうらむる心も有なんとて、或時此書を同姓高木左近右衞門宅, の子虎之介に、内記か家督を命せらる、此時土倉市正、日置豐前、番大膳、芳習, 内藏允列座にて、内記か甥の若原監物に申けるは、内記か家督を減し給ふ, あらは、虎之介を高野山に登せ、僧となすへしとそ申候ひき、されはゆめ, へきにはあらす、去なから、主公御幼少、虎之介も幼少なれは、八百石の内三, 々其意を得すとそ申ける、時に四人の者、虎之介成長まて、五百石の祿某共, 白石を、虎之介に賜るへきよしなり、監物承り、是は存もよらぬ御言葉に候, 内記申置にも、主公御幼少なれは、自然家老のかさ〳くより、家督減少の事, 甚右衞門, 内記ノ甥, 利隆内記, 死ス, 絶チテ殉, ノ廉潔, 内記食ヲ, ヲ籠ス, 元和二年六月十三日, 二〇九
割注
- 投すといふ
- にて火中に
- 興國公煩
- 給ふうち、
- させ給ひて内記に給ふ、然るに内記も殉死を遂けれは、兄忠左衞門か遺腹
- 内記に仰けるは、其方か勤仕のふるまひ、感するに餘りありやまい平らき
- なは、番大膳、芳賀内藏允同樣申付へしとて、田中喜入をめして、其事を筆記
- 返しあたへられす、甚右衞門も望申心もなく、此一書を子孫に傳へなは、何
- 其後虎之介成長し、祖父の名甚右衞門と變名し仕へけるか、終に五百石は
- 預り申〓しとて、一書したゝめ、判すへて渡されしかは、其旨にまかせにる
- となく上をうらむる心も有なんとて、或時此書を同姓高木左近右衞門宅
- の子虎之介に、内記か家督を命せらる、此時土倉市正、日置豐前、番大膳、芳習
- 内藏允列座にて、内記か甥の若原監物に申けるは、内記か家督を減し給ふ
- あらは、虎之介を高野山に登せ、僧となすへしとそ申候ひき、されはゆめ
- へきにはあらす、去なから、主公御幼少、虎之介も幼少なれは、八百石の内三
- 々其意を得すとそ申ける、時に四人の者、虎之介成長まて、五百石の祿某共
- 白石を、虎之介に賜るへきよしなり、監物承り、是は存もよらぬ御言葉に候
- 内記申置にも、主公御幼少なれは、自然家老のかさ〳くより、家督減少の事
頭注
- 甚右衞門
- 内記ノ甥
- 利隆内記
- 死ス
- 絶チテ殉
- ノ廉潔
- 内記食ヲ
- ヲ籠ス
柱
- 元和二年六月十三日
ノンブル
- 二〇九
注記 (36)
- 314,620,62,2211松を立よと仰て、やかて御厨より人參りて、門松を立ける、又或時興國公、罪
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