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年八十、, れて奈良に蟄居し、法體して、里夕齋, 住す、のち尾張國にいたり、織田右府の麾下に列し、戰功ありしかは、山, とき、覺弘これにかはりて、井戸の城に住して、二萬石を領し、筒井順慶及, 城をせむ、ときに筒井順慶來りて、和を講さしかは、すなはち彼城を乃か, 城國久世郡槇島の城主となり、二萬石を領す、其のち明智光秀、右府を〓, 黨小野木縫殿助公郷、丹波但馬乃兵を率ゐて、長岡兵部大輔藤孝入道玄, ひをの子伊賀守定次か摩下に屬す、定次伊賀國にうつるのとき、其幕下, このとた良弘等、もとより光秀に與さすとい〓とも、二男忠右衞門治秀, 旨か守處の田邊城をさむ、このとき良弘かの城に籠りれ、藤孝を學すず、力, 乃士とおなしくこれにしたかひ、をの後朝鮮陣乃ときも、定次に從ひて、, は、光秀か婚家なるをもて、太閤の旨に應ささりしかは、太閤怒て、槇島の, するに及ひ、豐臣太閤兵を率ゐて、すみやかに光秀を討、これを誅戮す、, 覺弘はくめ父良弘、大和國を去て、尾張國におもむき、織田右府に屬さし, を竭して防戰し、和議成て、後奈良に歸りて閑栖し、十七年正月五日死す、, 法名良弘、大和國本光明寺に葬る、, と號す、慶長五年、石田三成が, 天正十年六月十四日, 今の呈, 譜利庵, 今の呈譜, 八十一、, 奈良ニ蟄, 秀吉ニ應, 細川幽齋, 邊ニ籠城, 居ス, ゼズ, ト共ニ田, 順慶ノ〓, 井戸覺弘, 槇島ニ移, 下ニ屬ス, ス, 五九二
割注
- 今の呈
- 譜利庵
- 今の呈譜
- 八十一、
頭注
- 奈良ニ蟄
- 秀吉ニ應
- 細川幽齋
- 邊ニ籠城
- 居ス
- ゼズ
- ト共ニ田
- 順慶ノ〓
- 井戸覺弘
- 槇島ニ移
- 下ニ屬ス
- ス
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- 五九二
注記 (35)
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