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き、はしめて拜〓す、このこ筋北條勢、逸見日野村の花水坂にたむろして、し, は〳〵武川を襲ふ、信俊、山高宮内少輔信直とはかり、三伏の臺に伏兵を設, けてこれを追崩し、首二級を討とり、家臣も敵一人を生捕、新府の御陣に獻, をつかはし、武川の士を味方に招んとするのとた、信俊、米倉主計助忠繼、折, せしかは、功ありし家臣に青銅三貫文をたまふ、八月十六日、本領甲斐國柳, 直に屬せし小沼乃小屋を攻やふる、このとし甲斐國新府に渡御あるのと, 井市左衞門次昌等に力を合せ、氏直か使をうちとりてこれを獻し、また氏, と同しく忠節をつくし、北條の兵ともの備へたる小沼の小屋を追落す、時, 天正十年、北條氏直甲州をおそ, とおなしく、東照宮の御麾下に屬し、忠節をはけます、このこ汝北條氏直使, に大權現新府おもてへ御著座乃時めし出され、新府おもてにおゐて高名, あり、時に昌綱十六歳、, ふとき、大權現御進發なされ御先手へ人數つかはさるゝ時、武川の者とも, 澤乃郷にをいて、七十二貫八百文の地をたまひ、十二月七日、御朱印を下さ, 〔寛永諸家系圖傳〕, 多田員綱, 〓、, ○上下略、寛永諸家系圖, 傳柳澤信俊傳異事ナシ, 三八, ○上, 下略, 二十, 郎, 四, 多田』綱, 天正十年七月七日, 九七一
割注
- ○上下略、寛永諸家系圖
- 傳柳澤信俊傳異事ナシ
- 三八
- ○上
- 下略
- 二十
- 郎
- 四
頭注
- 多田』綱
柱
- 天正十年七月七日
ノンブル
- 九七一
注記 (28)
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