『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.397

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追々ニ來て、兩人討死の由を告たりきる、右近、勝五郎大きに驚、〓にくれて, 專當左衞門太夫群に抽、思ひ〳〵に分捕す、斯て三好存保は難なく勝瑞の, と名乘候と答きる時に、勝五郎兎角の詞なく、太刀を取て立出る、右近、勝五, るをは夢にも不知、今日の軍物語して居たる所に、左衞門佐、孫助か郎等共, 居たりしか、良有て右近、其敵の名は何と言つるぞ、山田陸太夫、渡邊龜太夫, 城へ引取給へは、家臣木村新之丞近光城下の在家に火を掛、一宇も殘さす, 郎か袖を扣て、御身は何所へ行そと問けれは、勝五郎、親伯父の敵を其儘閣, と云〓や有、城中へ欠入本望を達せんと、振切て出んとす、右近、申さるゝ所, は理り也、去なから心を靜て聞給へ、夫武士の戰場に臨て討死するは覺悟, 佐か一子右近康俊十九歳、孫介か長子勝五郎政重十五歳、親伯父の討れた, 一挺に二放宛の定にて、申の下刻ゟ亥の刻の終り迄、數千挺の鐵炮を打立、, を燒、其役々は其所を守けれは、其外は陣屋に入て休ける、爰に吉田左衞門, 天地を動かし、百千の雷の一度に落掛るとそ覺たる、棲樓を組、仕寄を付、篝, 元親醫師を添て、足代の城へそ遣しける、佐竹右兵衞、津川彦太郎、奧宮掃部、, 燒拂ひ、靜り返て待懸たり、元親時を移さす押寄、城を〓た〳〵と取卷、鐵砲, 吉田康俊, 同政重, 木村新之, 丞, 天正十年八月二十八日, 三九七

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  • 吉田康俊
  • 同政重
  • 木村新之

  • 天正十年八月二十八日

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  • 三九七

注記 (21)

  • 843,622,65,2209追々ニ來て、兩人討死の由を告たりきる、右近、勝五郎大きに驚、〓にくれて
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