『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.493

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

扨相圖のことく、牧丞大夫, し、光忠も御返し被成候時、御祝儀ニ被進候物御返し候事、氣味も惡敷, り引返し、石川山の屋崎鈴ケ峠を西より登りしに、眞下梶之助元重, ゝり候は、右影の御寫なるへきか、又一色義有御討果の事を、關原御, 候と也、但御天守こ、當時も面の御長刀とて有之候、作は備前國住人, 貝正近と有、御下國毎ニ御著座之朝、御花畑こ御取寄、鹿の御間こか, 可被存候間、何と而も肴を祝儀こ給候へと被仰進候故、光尚君より鶴, 進候、三齋君よりは、其座と而、面の薙刀被進候、其以後面の薙刀御取返, 僞妄現然たるこより、こゝに出し不申候。, 私云、宇土と而の申傳こ、綱利君御代御借受被成候而、影の寫被仰付, 陣田邊御籠城の時ニ、混し合て、怪しく色々記したるも有之, 被成、御名乘字と壹同と御拜領被成たる光忠の御腰物を、三齋君へ被, を石川山, を御進上候なり、光忠の御刀當時迄御指料、面之御長刀は、丹後守殿ゟ, 御代々今以宇土こ御傳り、, に被遣、火の手を揚る、米田助右衞門は、火の手遲き事を怪み、普請場よ, 天正十年九月八日, 尉大夫は左馬之允親也, 一二、武次と有は誤也、此, 宮津より壹, 里程、一ニ狼, 關ケ原, 備考な, 年月不, 親澤, 分明、, 嶽, とな, 烟, 井對, り、, 眞下元重, 四九三

割注

  • 尉大夫は左馬之允親也
  • 一二、武次と有は誤也、此
  • 宮津より壹
  • 里程、一ニ狼
  • 關ケ原
  • 備考な
  • 年月不
  • 親澤
  • 分明、
  • とな
  • 井對
  • り、

頭注

  • 眞下元重

ノンブル

  • 四九三

注記 (33)

  • 490,715,61,774扨相圖のことく、牧丞大夫
  • 1668,796,69,2066し、光忠も御返し被成候時、御祝儀ニ被進候物御返し候事、氣味も惡敷
  • 252,711,63,2008り引返し、石川山の屋崎鈴ケ峠を西より登りしに、眞下梶之助元重
  • 836,872,66,2000ゝり候は、右影の御寫なるへきか、又一色義有御討果の事を、關原御
  • 1085,860,65,2003候と也、但御天守こ、當時も面の御長刀とて有之候、作は備前國住人
  • 961,860,64,2003貝正近と有、御下國毎ニ御著座之朝、御花畑こ御取寄、鹿の御間こか
  • 1554,786,70,2079可被存候間、何と而も肴を祝儀こ給候へと被仰進候故、光尚君より鶴
  • 1785,791,66,2067進候、三齋君よりは、其座と而、面の薙刀被進候、其以後面の薙刀御取返
  • 605,999,60,1225僞妄現然たるこより、こゝに出し不申候。
  • 1202,860,66,2004私云、宇土と而の申傳こ、綱利君御代御借受被成候而、影の寫被仰付
  • 719,856,65,1797陣田邊御籠城の時ニ、混し合て、怪しく色々記したるも有之
  • 1904,790,66,2070被成、御名乘字と壹同と御拜領被成たる光忠の御腰物を、三齋君へ被
  • 489,2229,52,270を石川山
  • 1438,789,69,2070を御進上候なり、光忠の御刀當時迄御指料、面之御長刀は、丹後守殿ゟ
  • 1327,1003,61,802御代々今以宇土こ御傳り、
  • 370,788,64,2075に被遣、火の手を揚る、米田助右衞門は、火の手遲き事を怪み、普請場よ
  • 157,711,43,347天正十年九月八日
  • 474,1515,43,688尉大夫は左馬之允親也
  • 519,1516,42,684一二、武次と有は誤也、此
  • 518,2523,40,332宮津より壹
  • 473,2522,41,333里程、一ニ狼
  • 750,2674,39,183關ケ原
  • 706,2671,38,186備考な
  • 1363,793,41,180年月不
  • 283,2735,44,118親澤
  • 1316,793,43,122分明、
  • 363,717,42,45
  • 648,865,30,110とな
  • 411,717,38,43
  • 239,2738,39,111井對
  • 609,862,26,56り、
  • 280,274,43,171眞下元重
  • 153,2450,43,125四九三

類似アイテム