『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.619

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來思慮深た士なれは、御判形を下されなは、御味方に參るへた旨を申さる、, 依之又大久保方へ、其趣を申越に依て、忠世言上し、公の御判形を申下し、杉, 日置五右衞門と申者、甲斐國沒落以後、眞田安房守旗下之樣こ而罷在候節、, 右衞門、二左衞門爲こは、曾祖父之由申候、以上、, 從權現樣、安房守御味方仕候樣御使被仰付、早速安房守御受申上候付而、此, に命せられ、依田か方へ此趣を云送る、依田即眞田に申聞せけれは、昌幸元, 府御陣之時、忠世蒙御密旨、眞田昌幸居城信州上田え從權現樣御直書被遣, 御朱印頂戴之由申傳候、私城下町人小川二左衞門と申者所持仕候、右之五, 之節、久勝え御使者被命、昌幸招御味方、顯忠功、, 交り深き由、公兼而聞召及れ、此眞田は、故武田入道信玄祕藏乃士にて、武田, の譽れ有者なり、早々蘆田か方へ云送り、眞田を味方になさしめよと、忠世, 〔遠江國諏訪大祝杉浦系譜〕上久勝, 〔御年譜微考〕六信州上田城主眞田安房守昌幸と依田信蕃とは、好親の, 同十年壬午九月、甲州新, 日置五右衞門殿, 〔參考〕, 久三、惣左, 衞門尉、, 信蕃ト昌, 幸トハ好, 昌幸ニ使, 杉浦久勝, 親, 天正十年九月二十八日, 六一九

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  • 久三、惣左
  • 衞門尉、

頭注

  • 信蕃ト昌
  • 幸トハ好
  • 昌幸ニ使
  • 杉浦久勝

  • 天正十年九月二十八日

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  • 六一九

注記 (25)

  • 387,636,63,2231來思慮深た士なれは、御判形を下されなは、御味方に參るへた旨を申さる、
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