『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.367

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

を壓迫せり、彼等は勇敢に奮戰し、終に最後の十八人に至りて、力盡きて降, げたり、此時サン・ジュセペ號は、彼等に舷を接し、砲と船の力を以て、日本人, 隻とを發見したり、彼は河口幅一リーグあるを以て、他の岸に沿ひて進み, は鐵錨を下ろし、手槍と具足に身を固めて、二百人餘り旗艦の甲板上に〓, 退却せしむべし、河口には多數の砲を有する日本人千人有り、然るに我等, を以て之に對戰し、砲を發して、其大檣を破碎し、數名を〓害したり、日本人, 兵卒數名は、キャプテンに向ひ叫びて、還れ、マニラに向ひて還れ、全艦隊を, たり、サン・ジュセペ號の河中に進むや、〓然小フレガットに乘船せし我が, 本人を其船まで撃退したり、彼等は鐵錨を曳き、未だ殘存せし前檣帆を揚, 艦を大檣の邊まで占領したり、是に於て、我が兵は、死力を盡して抵抗し、日, 派なる軍人として、勇敢に戰ひたり、かくてキャプテン・フワン・パブロは、カ, 服したり、艦中にても數名戰死したるが、就中キャプテン・ペロルカスは立, 、日本船に接近せしことを知りたり、フワン・パブロは、彼の坐乘せる旗艦, ガヤン河を溯航せしが、同河の開きたる處に當りて、一城塞と日本船十二, 倒し來りたり、船上には銃手五十名居殘りて、我が兵を亂射し、終に敵は旗, 本船, 日本人旗, 艦ノ甲板, 來ル, 遭遇ス, 日本船ニ, 城塞ト日, ニ殺倒シ, 天正十年雜載, 三六七

頭注

  • 本船
  • 日本人旗
  • 艦ノ甲板
  • 來ル
  • 遭遇ス
  • 日本船ニ
  • 城塞ト日
  • ニ殺倒シ

  • 天正十年雜載

ノンブル

  • 三六七

注記 (25)

  • 1093,552,68,2196を壓迫せり、彼等は勇敢に奮戰し、終に最後の十八人に至りて、力盡きて降
  • 1207,552,70,2193げたり、此時サン・ジュセペ號は、彼等に舷を接し、砲と船の力を以て、日本人
  • 627,541,68,2197隻とを發見したり、彼は河口幅一リーグあるを以て、他の岸に沿ひて進み
  • 1666,560,73,2186は鐵錨を下ろし、手槍と具足に身を固めて、二百人餘り旗艦の甲板上に〓
  • 273,541,69,2196退却せしむべし、河口には多數の砲を有する日本人千人有り、然るに我等
  • 1781,559,72,2185を以て之に對戰し、砲を發して、其大檣を破碎し、數名を〓害したり、日本人
  • 387,550,70,2189兵卒數名は、キャプテンに向ひ叫びて、還れ、マニラに向ひて還れ、全艦隊を
  • 509,548,72,2193たり、サン・ジュセペ號の河中に進むや、〓然小フレガットに乘船せし我が
  • 1323,552,69,2192本人を其船まで撃退したり、彼等は鐵錨を曳き、未だ殘存せし前檣帆を揚
  • 1438,552,71,2193艦を大檣の邊まで占領したり、是に於て、我が兵は、死力を盡して抵抗し、日
  • 858,548,68,2187派なる軍人として、勇敢に戰ひたり、かくてキャプテン・フワン・パブロは、カ
  • 977,553,69,2189服したり、艦中にても數名戰死したるが、就中キャプテン・ペロルカスは立
  • 1897,586,71,2157、日本船に接近せしことを知りたり、フワン・パブロは、彼の坐乘せる旗艦
  • 741,556,69,2181ガヤン河を溯航せしが、同河の開きたる處に當りて、一城塞と日本船十二
  • 1552,552,70,2194倒し來りたり、船上には銃手五十名居殘りて、我が兵を亂射し、終に敵は旗
  • 729,194,42,80本船
  • 1736,198,41,168日本人旗
  • 1693,198,38,169艦ノ甲板
  • 1604,200,39,73來ル
  • 1883,200,41,117遭遇ス
  • 1928,200,39,154日本船ニ
  • 775,194,42,167城塞ト日
  • 1646,205,43,157ニ殺倒シ
  • 181,589,45,258天正十年雜載
  • 171,2268,44,125三六七

類似アイテム