『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.279

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新藏人と名乘て討て蒐る、久村もの〳〵しやといふまゝに太刀とり直し、, 此内に覺右衞門ゐ、戰ひ散告る人, 事ともせす、近つく敵三騎まて切て落す、此有樣を見て、土佐方の勇將稻吉, け、仙石權平久村是に在り、心あらん者は寄て組めやと呼はりけれか、土佐, の麓まて追返す、仙石勘解由も踏留つて、國吉三郎兵衞と前田平兵衞か備, とらんとせし處に、其弟前田彦六走來り、終に勘解由は討れとり、, しはしか間人ませもせす告ゝかひしか、互に深手を負ひけれは、もとかし, やとおもひけん、馬上なからむつとくみ、落かさなわて上を下へと揉み合, 勢これを聞て、大將なるそ、討取れと競ひかゝつて追とり捲く、久村これを, 數を集め、引田中山道に引入らんとす、土佐勢ゐ、わか旗本を目かけて進み, にわたり合ひ、近つく敵兵二三騎まは〓落し、かゝる烈しき矢場ゆへ、首を, 來る事甚急なわ、此時權平久村十七歳の若武者なるか、黒糸威の鎧を著、紅, 梅月毛の馬を高見に乘すゑ、一息ついてありけるか、すわ一大事と大音上, も取らす、眞一文字に駈破り、敵將前田とむつと組み、おちかさなりて首を, 天正十一年四月二十一日, 引田浦の, ならん云々とあれハ、此考へ理ハりきこ, 村民日下, えるれと、たしかなる證ともしかし、, 氏〓記に云、勘解由の墓いつまの地に在といふ事をしらす、權平塚の傍に, 一堆の古墳あるを、誰も權平か馬取の墓なりといふめれと、此勘解由か墓, 仙石勘解, 仙石久村, 由, 天正十一年四月二十一日, 二七九

割注

  • 引田浦の
  • ならん云々とあれハ、此考へ理ハりきこ
  • 村民日下
  • えるれと、たしかなる證ともしかし、
  • 氏〓記に云、勘解由の墓いつまの地に在といふ事をしらす、權平塚の傍に
  • 一堆の古墳あるを、誰も權平か馬取の墓なりといふめれと、此勘解由か墓

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  • 仙石勘解
  • 仙石久村

  • 天正十一年四月二十一日

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  • 二七九

注記 (26)

  • 498,625,61,2221新藏人と名乘て討て蒐る、久村もの〳〵しやといふまゝに太刀とり直し、
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