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と云程こそあれ、一千餘人, 彌二郎、, 大勢其勢に辟易して、敢て近つかず、笠大炊介是を見て、あれ程の小勢にひ, 二十餘人を追取籠、火水になれとぞ攻たりける、掃部助が乘たる馬、平首二, く討死して、先日高祖にての耻を雪んとて、郎從二十餘人左右に立て競懸, るむ樣やある、いで〳〵掃部が首取て、味方の勇を進めむと、傍若無人に言, り、向ふ敵を胴切立破り、中るを幸に火を散して切廻りらる程に、原田方の, や後より敵こそ打出たれ、案内者に取籠られては叶まじ、濱崎に引て戰へ, の勢堀がけともいはず馳込, 浦志孫右衞門、荻原長門守、吉富兵庫助を始として、五十七騎續て、掃部助が, 太刀斬られて、犬居にとうと臥ければ、飛下り徒立に成て戰ひけるが、郎等, 左馬助、長野監物、西三郎左衞門、朱雀小次郎、上原與一兵衞、大田, 起つ轉つ逃散たり、波多掃部助は踏留て、きたなし殿原、いぼくにの引へき, の奴原は、足手まとひになるぞ、落行たるこそよられ、時實爰にて人交もな, 返せ〳〵と呼はり々れとも、引返す味方一騎もなし、よし〳〵かゝる臆病, 共も不殘討死し、其身も痛手數多負々れば、是迄とや思ひらん、草摺を帖み, 散し、唯一騎蒐出れば、弟の勘助、石井内膳、波多江丹後守、富田四郎兵衞、中園, ○筑前國續風土記、, 二千餘人ニ作ル, 大原, 一本, 助ノ戰死, 波多掃部, 天正十二年三月十三日, 八九四
割注
- ○筑前國續風土記、
- 二千餘人ニ作ル
- 大原
- 一本
頭注
- 助ノ戰死
- 波多掃部
柱
- 天正十二年三月十三日
ノンブル
- 八九四
注記 (25)
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