『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.76

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らそひこて中あしく御座候故、平右衞門存候は、大津眞鍋在所へ押寄、是, れへ申入候處、又之丞申候は、爰は三ツこて御座候、岸和田えのき申候か, 申候、それより眞入齋家來上下五百人計にて籠城いたし申候處、海上官, 壹ツ、又は堺え退キ申候か壹ツ、又は籠城か壹ツ、三ツニて有之候由申候、, 野平右衞門人數千計も可有之候哉、平右衞門舟百船はかり波うちきり, ニて籠城にて有之と、秋山又之丞申候、然時眞入齋則金打仕候、拙者は是, へつけ申候、大方平右衞門人數五六百陸えあがり申候を見すまして、眞, 非共妻子等も引さがし可申候由こて、數十船ニて押寄申候處、眞鍋まい, 淡路の須本官野平右衞門押寄申候、平右衞門とは、眞鍋と代々海上のあ, が墓所ニて有之候と申候得は、家來之者共十八九人ともに金強いたし, 入齋下知にて内ゟつゐて出る、波ぎはにてせり合有之候、然所に多賀井, 眞入齋十七にて御座候、其内こてをよきはいつれと申候所、つよきは是, りかゝり申候事、然は眞鍋も中々あぐみ如何せんと存候處、家來に皆々, 暦々の者共有之候、眞鍋は是は如何と、秋山又之丞とて功之者在之候、こ, 七郎左衞門能鑓を仕候、片山太郎助見事之高名仕候、首とり申候、扨何之, 天正十二年三月十八日, 秋山又之, 衞門, 菅野平右, 水, 七六

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  • 秋山又之
  • 衞門
  • 菅野平右

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  • 七六

注記 (21)

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