『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.748

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の人といへとも、御當家へも過もの忠有、青野合戰の折ふし、御先を承、ぎふ, と被申けと、それも占方之椎にて、あふもあはぬも有へし、元來大閣重恩, かたき御身なれは、いろ樣秀頼公のとふらひ戰と思召、此度の御上洛を留, 中に太閣厚恩の人とては、太夫殿御一人の御身に極りたり、行末長久と申, 波守、小關石見守其外の老中共、いや〳〵眞鍋か〓葉非忠儀、萬事破事はや, 此度の御上洛偏こ御大事と社存候へ、其子細は、當城の御普請、將軍の御返, 時刻到來の時は、當城にて心易御計ひ有へし、各いろゝ思ひたまふといへ, を行末いかならんとて、時到らぬ〓招事いろゝ、然に太夫御事、將軍御氣遣, と思ひ、否を言出す人なし、爰に眞鍋五左衞門尉と言者進み出て申けるは、, 事なきを、上野介殿御内證にて取立給ふも、御とつめに返答いはれましき、, すく調なは難きならひ、いろ樣成御用にやあ覽、太守の御胸中計ろたし、然, 是一、又近年明石に城をなされ小笠原右近太夫を居置給ふ、頃西國に誰か, は、久留嶋彦右衞門尉と仙石但馬守兩人は、眞鍋心底尤と同心成に、福嶋丹, 將軍の御氣遣の人有と覺す、太夫殿御一人の御押と社は存れ、所詮日本の, の城を乘捕、それ故兩國を下給ふる、昔ゟ先忠不忠當忠爲忠云、御氣遣に思, 右衞門籠, 眞鍋五郎, 城ヲ唱フ, 元和五年六月二日, 七四八

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  • 右衞門籠
  • 眞鍋五郎
  • 城ヲ唱フ

  • 元和五年六月二日

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  • 七四八

注記 (20)

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