『維新史』 維新史 4 p.655

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いふのであつた。板倉閣老は之を一見して大いに失望し、果ては四藩と申合せ, たるやとの疑ひを抱くに至つた。從つて七月三日正肥が登城した際は、其の待, にて人望ある輩、若しくは事の理非を辨へたる輩は、なるべく御採用ありたしと, 訪問し、幕府の長州處分に對する處置を支持するかの意を洩らしたのである。, なれば、少しばかりのことは御忍びありて然るべく、尚斯樣な時節には、大名の中, 遇も一變し、將軍は正肥を引見したが、建言書に對する返答は何等與へられなか, つた。仍つて正肥は十八日京都を發し、空しく歸國するに至つたのである。, より寛大の處分あるべしと申し、朝廷よりも其の旨御沙汰ありしことなれば、今, 然るに十九日二條城に登城し、將軍に〓見したる際は、長防處置に關しては四藩, 曩に上京した鍋島齊正は、正肥離京の前日即ち七月十七日、初めて二條攝政を, なれば、既往に拘泥せずして決斷されざるべからず。昔豐太閤は大政所を人質, に出し、東照公も伊奈圖書に切腹を命ぜられし事あり、何事も思ふに任せぬもの, となつては寛大の上にも寛大ならねば、長州との關係も整ふまじと陳べ、其の言, 討ありしが爲、目下寛典に處し難しとの議がある由なれど、朝議も亦寛大の思召, の意見, 鍋島齊正, 第三章兵庫開港と長州處分問題第二節長州處分, 六五五

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  • の意見
  • 鍋島齊正

  • 第三章兵庫開港と長州處分問題第二節長州處分

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  • 六五五

注記 (18)

  • 1296,575,58,2266いふのであつた。板倉閣老は之を一見して大いに失望し、果ては四藩と申合せ
  • 1179,568,58,2280たるやとの疑ひを抱くに至つた。從つて七月三日正肥が登城した際は、其の待
  • 1413,567,57,2277にて人望ある輩、若しくは事の理非を辨へたる輩は、なるべく御採用ありたしと
  • 712,570,58,2226訪問し、幕府の長州處分に對する處置を支持するかの意を洩らしたのである。
  • 1530,567,57,2278なれば、少しばかりのことは御忍びありて然るべく、尚斯樣な時節には、大名の中
  • 1062,562,58,2281遇も一變し、將軍は正肥を引見したが、建言書に對する返答は何等與へられなか
  • 944,570,58,2158つた。仍つて正肥は十八日京都を發し、空しく歸國するに至つたのである。
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