『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.138

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一色頼母、藪内匠にも御感状被下候、是を岸和田大合戰と申候旨、土井大, なく思ひて、手勢七百餘よて大坂にり懸付、一氏か旗本を乘越て、敵の後, 炊頭利勝家來早川彌五左衞門物語也、是は早川助右衞門子息なるゆへ、, 討取候、眞鍋五郎右衞門、野一色頼母、早川助右衞門も先手より駈著ツヽ、, へ被廻候を見て、一氏麾を取て、掛り候へと下知すれは、居付たる兵共一, 鍋五郎右衞門にも御感状被下、一氏家來川毛惣左衞門、早川助右衞門、野, 浪の丸がさの腰さし、鹿毛の馬に乘て馳通るを見付て、扨ぬ無事なりと, 敵と渡り合、又能首一ツ討取、合て二ツ高名也、家來栗山備後も又能首を, 各敗軍の敵に出合、皆能首取候、黒田如水は、子息長政か黄羅紗の羽織に、, 被申上候、御感不斜、一氏に御感状被下、國衆寺田又右衞門、松浦安太夫、眞, 長政は今朝討取たる首一ツ鞍に付たりしか、此所へ先手ゟ駈著、究竟の, 拾餘討取也、一氏は兩度の軍に勝、此旨早飛脚にて、秀吉公草津御宿陣へ, 覺書に有之を所望して寫置候、右の内國衆式部家來都合七人御感状被, 勢勇と横合に懸り候故、敵軍彌敗北して、散々に逃落るを追懸、首八百九, 度に立上り、吐と鑓を入申候、紀州勢九千餘一溜りもなく敗軍仕候、黒田, 天正十二年三月二十二日, 以下ノ功, ヲ褒ス, 傳フル覺, 早川彌五, 秀吉一氏, 左衞門ノ, ストノ説, 書, 一三八

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  • 以下ノ功
  • ヲ褒ス
  • 傳フル覺
  • 早川彌五
  • 秀吉一氏
  • 左衞門ノ
  • ストノ説

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  • 一三八

注記 (25)

  • 385,690,63,2122一色頼母、藪内匠にも御感状被下候、是を岸和田大合戰と申候旨、土井大
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