『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.502

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三人いけとる、このゆへに感状をたまわる、同月、海上の合戰比類なきに, 合戰のとき、敵二人を討取、ゆへに感状をたまわる、同月、駿州にをひて、敵, 浦に凶徒數輩出張す、信高是を討取、故に感状をたまわる、梶原某といふ, 討取、はやく是を注進す、故に兩人に御感状を給ふ、其後甲府の御留守い, やふり、ことに敵船を乘とるにより、感状をたまふ、其後勝頼千五貫文を, より、感状ならひに太刀一腰を給ふ、其後武田勝頼につかふ、伊豆國中小, もの伊豆浦にはせ向ふところに、信高挑戰と勝利をえ、郷村數ケ所うち, 津、村松浦にをひと、凶賊横行す、小濱民部左衞門尉と信高押よせ、敵數多, これを討取、其忠節により、感状ならひに太刀一腰をた〓わる、同月、金澤, たまわる、證文いまにこれあり、のち大權現に〓かへたてまつる、勢州生, 状ならひに太刀一腰をたまわる、同月、房州より襲ひ來る敵の早船一艘, たすへきの御書を、小濱民部左衞門をよひ信高に給ふ、天正十二年、小牧, 信高氏政につかふ、永祿十二年七月七日、駿州久能にをひて戰功あり、感, -高則, 信高〓, 國駿河、, 虎助、生, 信高ノ履, 歷, 天正十二年六月十八日, 五〇

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  • 國駿河、
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  • 信高ノ履

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  • 天正十二年六月十八日

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  • 五〇

注記 (21)

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