『大日本史料』 5編 11 嘉禎2年12月~暦仁元年9月 p.713

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へにけれは、をのをの明曉を期す、念佛衆此事をきゝて、すみやかに退出す, 行しかるへからす、かの砌に發向して、念佛衆を追出すへしと、衆議ことを, て、一千日如法念佛を修し給に、八百日にをよひて、高良山の大衆僉議して, すてに證を得たりとて、感〓をなかされけり、又筑後國高良山のふもとに、, 一の精舍あり、厨寺と號す、丈六の彌陀の像を安置す、聖光房かの道場にし, いはく、當山はこれ眞言止觀の學地也、此山のふもとにして、專修念佛の勤, られしとき、後昆の異義をいましめんかために、一卷の書を制す、これを末, るをまつ程に、おもひのほかに一山の大衆、色々の供物をさゝけてきたり, ことをへてのち、善導大師、まのあたり道場に影現し給ことありけり、これ, 代念佛授手印となつく、上人相傳の義勢、つふさにかの書にのせたり、著述, ていはく、きのふ、念佛停廢の惡計をなすに、今夜靈夢を感することあり、赫, はさらにいつへからすと、このうへはみな退出の思をやめて、惡徒のきた, すなはち、のふるところの法門の證明なるへし、ひしりこれを拜して、われ, へきよしを申すに、ひしりのたまはく、汝等はよろしく心にまかすへし、我, 此ひしり、安貞二年の冬、肥後國往生院にして、四十八日の別時念佛を修せ, 印ヲ製ス, 高良山ノ, 大衆辨長, ニ歸依ス, 念佛授手, 暦仁元年閏二月二十九日, 七一三

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  • 印ヲ製ス
  • 高良山ノ
  • 大衆辨長
  • ニ歸依ス
  • 念佛授手

  • 暦仁元年閏二月二十九日

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  • 七一三

注記 (22)

  • 688,625,63,2166へにけれは、をのをの明曉を期す、念佛衆此事をきゝて、すみやかに退出す
  • 801,610,66,2182行しかるへからす、かの砌に發向して、念佛衆を追出すへしと、衆議ことを
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