『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.1006

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今更感状をあたふへきにもあらすとのたまふ、この年、遠江國諏訪原の, れ、感状をあたへら多へしとい〓とも、信成か武勇之、これに限らのれき, 扇に、七曜を黒く點さる指物を用ぬ、織田右府これを見第、其名を東照宮, は討死するもの多し、八年十月二十二日、多勢をもつて、再ひ高天神の城, の猛將、奇異の勇士なり、彼か面〓をぬかしめ、能其面を知む、則信成をし, 第、面〓をとらしめ、右府にあみへしめ壹まふ、東照宮も、其軍功を賞せら, 戰ひ、首級を得たり、このとき、與力の士、及ひ家臣等、或き疵をかうヂり、或, 高天神の城を攻たまふのとき、信成、橘谷の城門に攻いり、火を放ちて攻, をかこみ、急にこれを攻〓万ひしかは、城兵力屈し第のかれさらむとす, ときに信成、をよひ菅沼次郎右衞門忠久をめして、敵城をさら之、必國安, 戰に、武田勝頼の軍勢、同國金谷上の城に楯籠な、信戌衆にさきたち第、敵, に落行へし、汝等、あらかしめ彼地にゆきて、これを討とるへしとの仰に, にとはる、これき内藤三左衞門とこたへをまふ、右府のいはく、誠に先駈, 犯に、風烈しく吹て、城塀忽勢こなはれ、日あらすして落城す、四年、遠江國, 城近く仕寄をつ〓しかは、諸軍もこれを見す、急に進む第仕寄をつく、と, 慶長十七年七月二十四日, 高天神城, ヲ攻ム, 先驅ノ猛, 將, 慶長十七年七月二十四日, 一〇〇六

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  • 高天神城
  • ヲ攻ム
  • 先驅ノ猛

  • 慶長十七年七月二十四日

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  • 一〇〇六

注記 (22)

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