『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.202

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んと墨黒に書たる白き吹貫を門乃眞中に押立、をめきけけんで相戰ふ、雨, 刀を栗田に與へらるともいへり、, けるは、一番の賞にて候へば、栗田其一人也、栗田き黒き吹貫にて候ひき, レガタキモノナリト云々、, の降如く鐵炮を打出せば、吹貫は芭蕉の秋風に破れたるがごとし、大音上, 蒲生が内の士大將小坂といへる大剛の者よと口々にぞ譽壹りける、寺島, 陣蒲生源左衞門、此頃は坂小坂といひけるが、眞先に進で、かなにていちば, 秀吉島津を伐るゝ時、蒲生氏郷、前田利長巖石の城を攻らるゝに、氏郷の先, 利長の士松原久兵衞を始として、先を爭ひ攻入、終に城を攻落して、首四百, て、一足も引な者共と下知し、面もふらず攻入けるを、後陣より是ぞ聞ゆる, 坂が吹貫白くて目に立申たるなるべしと讓りければ、秀吉愈大に感じ、, 餘打取たり、秀吉、氏郷に感状を與へられ、小坂に金錢十匹羽織を賜りぬ、, 美濃守、此頃は半左衞門といひけるが、是は黒き吹貫おし立、坂に續きたり、, 一説に、小坂を一番と記をり、秀吉坂を賞して刀を與へられけるに、坂申, 〔常山紀談〕八巖石城合戰坂小坂先登の事, 慶長十九年六月十四日, 郷成巖石, 城攻ノ先, 登, 慶長十九年六月十四日, 二〇二

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  • 郷成巖石
  • 城攻ノ先

  • 慶長十九年六月十四日

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  • 二〇二

注記 (21)

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