『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.469

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〓を立のき、大坂へ籠城しけり、, 利あるまし、いかゝ、案内は誰ならんと問けれは、修理か曰く、紀州の地侍崎, これによ, 山六兵衞といふもの、聞ゆる古兵にて、是をいたし候と答へける、おりふし, 六兵衞次に居けるといふを、左衞門呼出し、和歌山にては大なる榎のうし, 左候ては、我々一戰に粉骨を盡し働き申べく候へとも、不勝手故、軍用こゝ, 關東と御不和にて御合せんに成候はゝ、紀伊者大坂のうしろにて、大坂の, も成へきかと遲滯ありて、渠か望みもかなへ玉はす、ゆへに是を憤り、津守, 〓て大野修理腹立して、紀州は大坂のうしろにて大事の所なれは、とり懸, 門は、修理か打立前夜見廻に行て、紀州は切所多き所なれは、不案内にては, ろにまかせす候、金子五十兩拜借あるへきよしを申といへとも、外の例に, 爲には難儀場なれは、關東へ御心さし候はゝ、手合に大坂へ取かけ申へし、, へしとて、大野修理を大將にて四萬の軍兵を率して攻寄る、時に眞田左衞, 與兵衞、湯川權八、山口兵内、同兵橘、崎山六兵衞等、其外の地侍とも、一同に紀, られては味かた利あるまし、此方よりおしよせて、一時に攻、紀〓を攻とる, 兵衞といふもの、殊之外不勝手成ゆへ、但馬守へ願ひけるは、此たひ大坂と, ○中略、大野治長、淺野氏ニ應援ヲ, 請ヒ拒絶セラレシコトニ係ル, 和歌山城, 眞田幸村, ノ要害ヲ, 説ク, 元和元年四月二十九日, 四六九

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  • ○中略、大野治長、淺野氏ニ應援ヲ
  • 請ヒ拒絶セラレシコトニ係ル

頭注

  • 和歌山城
  • 眞田幸村
  • ノ要害ヲ
  • 説ク

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四六九

注記 (24)

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